ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.1]

プロフィール
山本周五郎「青べか物語」

新潮文庫 1964年8月12日第1刷 (1960年 単行本発行)

   太田和彦の「居酒屋道楽」(新潮文庫/06年6月1日刊)を読んでいたら、「青べか物語」が出てきた。「青べか物語」と言えば、浦安だ。山本周五郎と「青べか物語」の足跡を辿りながら、いつものように居酒屋に入り、土地の肴を見繕い、酒を飲むのだ。
   太田和彦には多数の「居酒屋関連」の著書があるけれど、いったい人は居酒屋ガイドとして買うのか、エッセーとして読むのか、それとも酒の肴としてページを開くのだろうか-- いや、そんな分類はどうでもいいのだと思う。すべての酒好き、酒場好きにとって、この人の酒の蘊蓄、珍味との出会い、旅先での失敗談、人々との交流を読むのが楽しいのだ。羨ましいのだ。そして、また自らも酒に心地よく戯れるのだ。
   で、「青べか物語」。山本周五郎は好きな作家のひとりだが、その代表作のひとつという本書を今日の今日まで、読んだことがなかった。てっきり人情ものの時代小説と思っていたが、どうやら違うらしい。自分勝手な思いこみに、誰も見ているわけではないのに、赤面する。と、言うわけで本書を開く。

   頃は昭和の初め、根戸川の下流の漁師町浦粕を訪れた「私」は、ぼろ舟の「青べか」を売りつけられたり、曖昧女たちに酒をねだられたりしながら、土地にとけ込み、「蒸気河岸の先生」と呼ばれるようになる。「青べか」を操り、釣りに出かけたり、スケッチをしたりするうちに、土地の人々の様々な営みを見聞きする。それは、圧倒的に猥雑であり、狡猾であり、悲惨であり、哀れであるが、また、純真でもあり、馬鹿馬鹿しくもあり、愉快でもある。
   根戸川は江戸川、浦粕は浦安と言い変えることは、今となってはあまり意味を持たない。数十年も前に消え去った、一種のファンタジーだろうか。
   30いくつもの短編をつなぐ形で構成されていて、どれもこれも味わい深いが、土地の少年たちに釣ってきた鮒をいつも高値で売りつけられ、鴨にされていたと思いこんでいた「私」だが、実はそうではなかったという『経済原理』は、小生、特に好きな作品だ。

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