ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.3]

プロフィール
古今亭 志ん生「びんぼう自慢」

ちくま文庫 2005/1/6第1刷 (単行本 1969年 立風書房)

   借金取りに追われ、行く方をくらますために芸名を変えること16回、朝起きると部屋中ナメクジがはい回り、かき集めるとバケツいっぱいになったという本所業平の長屋住まい、婚礼の晩に友達に誘われ吉原へ女郎買いに行って朝帰り等々、落語家古今亭志ん生の破天荒な生き様は多くの人が知るところであり、自伝『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)や結城昌治著『志ん生一代』(新潮文庫/現在は学陽書房から文庫で刊行)でもつまびらかにされて、版を重ねている。本書もこうした自伝もの、半生記もののひとつだが、芸能評論家小島貞二がテーブを回して聞き書きしたものがベースになっているから、CDやテープで多数発売されている志ん生の落語を聞いた人なら「語り口」を思い浮かべて読むとさらに興趣がある一冊だ。

   志ん生は最初、四代目橘家円喬の弟子になったと語る。どうやらこれは眉唾らしいのだが、円喬と言えば、夏目漱石が『三四郎』(1908年明治41年、朝日新聞で連載)で当代の天才と絶賛した三代目小さんと同時代の人だと言う事実に一瞬驚く。この噺家こそ稀代の名人と書いている本も少なくない。志ん生は1890年明治23年の生まれと言うからありえない話ではないが、私にとってはつい数年前まで艶やかな高座を披露していたあの志ん朝のおとっつぁんだ。そのおとっつぁんの生の高座こそ見てはいないが、日頃からCD、テープであの独特な口調に始終腹を抱えさせられてきたのだ。だから、円喬の文字が見えたとき、遙か昔のことと一瞬たじろぎ、その後明治という時代が急速に我が身に近くなり、愛着すら覚えた。

   「赤貧洗うがごとし」という喩えはあまりに古いが、本書『びんぼう自慢』は古き明治大正の時代の香りを伝えるとともに、一方で今でも変わらぬ人生の泣き笑いを描いてみせる。これは志ん生一流の人情話なのだ。

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