ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.6]

 

プロフィール
滝田ゆう「寺島町奇譚(全)」

ちくま文庫 1988年3月第1刷 (単行本 1980年4月 青林堂)

   今回のご案内は漫画である。
   「寺島町奇譚」、戦前戦中の東京下町、それも向島、玉ノ井遊郭と呼ばれた土地に生まれ育ったキヨシという少年の目を通して描いて、滝田ゆうの代表作とされる。色と欲と哀しさに満ちた大人たちの世界をちょいとかいま見ながら、それでも少年たちは遊郭街という迷宮(ラビリンス)を格好の遊び場として駆け回る。ご存じ、永井荷風の「墨東綺譚」もここ玉ノ井遊郭が舞台だ。
   ベーゴマやメンコ、鬼ゴッコなど子どもたちの遊びはもちろん、玄米パン売りや鋳掛け屋など戦前の情景や営みを、滝田独特の細やかな描線でほんのり温かく浮かび上がらせる。吹き出しに「ひっくり返った下駄」だの「沸騰したやかん」「びかびか光る出刃包丁」だの、せりふの代わりに絵がところどころ入るのも滝田漫画ならではだ。生まれ育った場所や時代はまるで違うが、不思議な懐かしさと共感を覚えて、何度も読み返す作品の一つだ。
   キヨシは向島育ちの滝田自身の分身とも言われるが、その詮索は他にまかせる。興味があるなら滝田の担当編集者の一人であった校條剛の「ぬけられますか−私漫画家 滝田ゆう」(河出書房新社 2006年10月刊)をおすすめする。
   昭和43年に『ガロ』で連載が始まり、その後『別冊小説新潮』に描きつがれた全19篇、600ページを越える大作は、最終章「蛍の光」、東京大空襲でこの夢の迷宮も灰燼に帰すところで終わる。

   4年前、神保町の古本屋で300円で買った半村良の小説単行本「下町探偵局」(潮出版社)のカバー絵、挿し絵が、滝田ゆうだった。2年前には滝田ゆう自身のイラストエッセー「下駄の向くまま」(講談社)を、根津の古本屋で見つけた。本書「寺島町奇譚」や「滝田ゆう落語劇場」はまだ、ちくま文庫で手にはいるが、著作のほとんどすべてが絶版となり、古本屋で時折見かけるばかり。インターネットで検索もしてみたが、高額がついているのに驚いたこともある。
   坊主頭に丸顔メガネ、着流し姿の下駄履きでテレビのクイズ番組やCMにも登場していた滝田ゆうが、58歳の若さで死んですでに17年、これからも私の“滝田ゆう探し”は続く。

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