ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.8]

プロフィール
石川英輔「大江戸神仙伝」

講談社文庫 1983年11月 第1刷 (1979年 単行本発行)

   現代(昭和50年代)の中年男が、突如タイムスリップした。どうやらそこは江戸らしい。物見高い町人たちの目にさらされて困っているところを町医者に助けられ、ところはお江戸日本橋、時代は文化文政期と知れた。医薬品会社につとめていたことのある中年男の主人公洋介は知識を生かし、町医者の協力を得て、脚気に悩む瀕死の重病人を救う。
   どこから現れたのか、どんな人間なのかといぶかっていた町医者は、これぞこの世ではない仙界からきた神仙だと信じるようになる。洋介としてもなぜタイムスリップしたのか自分では理由は分からない。また、現代に戻れる術も分からない。本当のことを話しても理解はされないと悟った洋介は、仙界からきた人間として江戸に住む決意をする。
   そんな洋介に、深川芸者いな吉がひとめぼれ。現代の東京に美しい妻を残してきた洋介も、人形のように愛くるしいいな吉にぞっこん。夢のような江戸暮らしが始まるが、洋介はいつの間にか、文化文政の江戸と現代の東京を自在に時間移動できるようになる。
   そう言うわけで洋介は二人の女性、いな吉と現代の妻流子との間を行き来する。濡れ場も頻繁に出てくる。ややねたみも込めて、羨ましいと思わない男性読者はいないだろう。本書の後「大江戸仙境録」「大江戸遊仙記」「大江戸仙界記」「大江戸仙女暦」「大江戸仙花暦」と、シリーズ化されたのはさもありなん。昨年2006年2月には、シリーズ最新刊「大江戸妖美伝」が刊行されている。なんと一冊目の本書から20数年にも及ぶシリーズだ。
   しかし、本書、そしてこのシリーズのいちばんの面白さは、この時代の江戸の人の暮らしぶりや風物が、実に魅力的に描かれているところにある。日本橋、深川、向島、浅草、駒込・・・江戸案内としても楽しめる。著者石川英輔は本書の中で、「昔は貧しくて劣っていて現代は豊かで優れている、という考え方は間違いではないか」と繰り返し語っている。自然環境の破壊を嘆き、現代文明の野蛮性を批判する舌鋒は鋭く、一種の文明批評として読むこともできるのだが、しばし、本の中では江戸の世界にゆっくり遊びたい。
   それにしても、主人公洋介は羨ましすぎる!

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