ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.9]

プロフィール
山田太一「異人たちとの夏」

新潮文庫 1991年11月第1刷 (1987年 単行本発行)

   幼い頃に死に別れた父親そっくりの男と浅草で、主人公の男は出会う。誘われるまま、その男のアパートについていくと、そこには男の記憶そのままの若い母親が居た。ここから、奇妙な、それでいて懐かしく甘美な両親との邂逅が繰り返される。
   一方、離婚したばかりの主人公は同じマンションに住む美しい女と恋に落ちる。ある時、女は男の体調の著しい急激な衰えを指摘し、その原因が両親との逢瀬にあると言う。男は両親との別れの決意し、三人ですき焼き屋の食卓を囲むが、父親母親ふたりの姿は徐々に薄れはじめ、二人は息子に会えた奇跡に礼を言いつつ、とうとう消えてしまう。
   主人公の衰弱ぶりを気にかけていたもうひとりの人物、仕事仲間の男は、美しい女は自殺をしてすでにこの世のものでないことを突きとめる。全てを知られた女は、男を道連れにしようと異形になって迫るが、仕事仲間の男の協力も得て、主人公は踏みとどまり、女はかき消えた。

   現代版「牡丹灯籠」とも言える本書は、1988年に大林宣彦監督で映画化されている。最近になって初めてDVDを観て、その面白さ、切なさに陶然とし、その後、本書を手に取ったという次第。主人公の男に風間杜夫、両親が片岡鶴太郎、秋吉久美子、謎の美女は名取裕子だ。一見不思議な配役、組み合わせにも思えたが、それぞれの役どころにすんなりとはまっている。浅草寺のほうずき市や浅草演芸ホールの落語寄席など、おなじみの風景が随所に出てくるのも楽しめる。
   本を読んでいると、どうしても風間杜夫や片岡鶴太郎の顔やせりふが思い出されてしまうが、面白さはまったく損なわれない。両親が消えてしまうすき焼き屋の場面など、DVDで観たときと同じく、涙なくしては読めない。先祖の霊を悼み、家内安全を報告、祈願するために、観音様をお参りする善男善女は今も引きも切らない。すでに死んでしまった両親=異人たちと出会う場所として、浅草は格好の場所なのだ。
   テレビドラマ脚本の名手として名高い著者山田太一は、浅草生まれと言う。本書は、山田太一の故郷への愛なくして生まれなかった作品とも言える。

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