ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.14]

プロフィール
向田邦子「父の詫び状」

文春文庫 1981年12月25日第1刷(1978年11月 単行本発行)

   今年もまた、8月12日がやってくる。御巣鷹山に日航機が墜ちて22年目の夏の日だ。この日が来ると事故に遭われた人々の無念を思うとともに、向田邦子も思い出す。この事故に遡ること4年、1981年8月22日、向田邦子は航空機事故で台湾で急逝した。小生の母と同じく昭和4年生まれの向田邦子52歳の早すぎる死だった。

   本書『父の詫び状』は、「宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞 ----だれの胸に中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交えて見事に描き出し、”真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。」と文庫カバーには、ある。
   父親に夜中起こされ、なにごとかと思えば、土産の折り詰めのごちそうを姉弟3人並んでいただく『子どもたちの夜』、遠足に持っていく海苔巻きを母親が作るそばからなぜか父親がいちばんはじめに食してしまう『海苔巻きの端っこ』などなど、つつましくもおおらかに生きた向田家の人々の姿に、戦後昭和の子である小生も“おれんちも同じだった”と共感するところ多く、また懐かしい。
   が、ユーモラスな文章の中に「死」が見え隠れする。『隣の神様』では、48歳になってはじめて作ったばかりの喪服を、事故で急逝した先輩の葬儀に着ていくはなしを書いている。『兎と亀』は、旅先のペルーで乗ろうとした会社の航空機が墜落してしまい、違う会社の航空機に乗りかえた顛末が文中にある。
   航空機事故のはなしは偶然と言えば偶然なのかもしれないが、向田邦子はいつも精一杯生きながら、いつも「自分の死」というものを漠然とながら考えていたのではないか。そんな読後感を持って解説のページを開いたら、『向田邦子のエッセイには、そのユーモアのかげにそれほど多くの死がちりばめられていた、ということかもしれないのだ--』と、沢木耕太郎は結んでいた。
   今年8月は、向田邦子没後26年の夏でもある。

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