ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.16]

プロフィール
ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」(蕗沢忠枝 訳)

新潮文庫 1962年7月 第1刷

   確か数年前に発売された同名の日本の小説があったと思うが、タイトルはこちらが本家本元、
ニューヨーク生まれのH・ジェイムズが“The Turn of The Screw”を発表したのは、100年以上も前。前回ご紹介した三遊亭円朝と、日本とアメリカの国の違いはあれ、いわば同時代のこの作品も、ひとつの「怪談」だ。

   美しい夏のイギリスのカントリーサイド、ある貴族の屋敷に1人の若い女性が向かうところから物語は始まる。両親を亡くした幼い兄妹の家庭教師として、彼女は雇われたのだ。ふたりの子どもたちは妖精のように美しく純真で素直で、彼女は家庭教師として充実した日々を送っていたが、ある日、奇怪な男の姿を見る。そして、しばらくして、今度は女が姿を現す。男はこの屋敷の従者であったクイント、女は彼女の前任の家庭教師ジェスル、しかし彼らたちはすでに死んでいた。彼らは子どもたちを邪悪な世界に引き込もうとする亡霊だったのだ。
   しかし亡霊の姿は彼女にしか見えない。子どもたちには見えているはずなのに、子どもたちは「何もない」と言う。この屋敷を切り盛りするグロースという女性にも、亡霊は見えない。
   いったいクイントとジェスルはどんな関係があったのか、彼らと子どもたちの間には何があったのか、ほとんど文中では語られない。とすると、亡霊は子どもたちではなくて彼女こそが標的なのか、それとも彼女ひとりが狂気の世界に入り込んでしまったのか。
   ここには怪奇映画によくあるような凄惨なシーンや、おどろおどろしい描写はまるでない。それでも、徐々に深く深く静かに恐怖が増していく。解釈は読者にまかせられ、不可思議な“ねじの渦”に巻き込まれていきそうだ。

   20数年前、マーロン・ブランド主演の『妖精たちの森』という映画を観た。この映画の原作が「ねじの回転」、映画の詳細は忘れてしまったが、原作からさらに“ねじをひとひねり”した作品だったことを思い出した。
   ところで、「名作の新訳」が話題だ。 本書も翻訳されて少なくとも50年近くは経っている。原作の雰囲気に合わせているのか確かに重厚感はあるけれど、直訳風の文章はやや読みにくいし、言葉自体も古臭く感じられる。「新訳」されると、さらに“ねじは深く鋭く回転”するだろうか。

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