ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.17]

プロフィール
高峰秀子「人情話 松太郎」

文春文庫 2004年1月第1刷   単行本 潮出版社 1985年

   女優にしてエッセイストの高峰秀子がつづる、作家川口松太郎の人生の聞き語り。川口は1935年(昭和10年)第1回の直木賞受賞作家、主な作品に「明治一代女」「愛染かつら」「新吾十番勝負」など、昭和の戦前戦後大ヒットを連発した大衆小説の大御所だ。直木賞受賞作の「鶴八鶴次郎」や「風流深川歌」など、のちに新派でも舞台化された小説は、今読んでも味わい深い。今、川口の作品が新刊本ではほとんど読めないのが残念ではある。(文芸編集者だった大村彦次郎が今年7月、筑摩書房から「万太郎 松太郎 正太郎−東京生まれの文人たち」を上梓している。松太郎は言うまでもなく川口、万太郎は川口と因縁浅からぬ久保田万太郎、正太郎は二人と同じく浅草生まれの池波正太郎だ。この3人に多くのページを割いているが、さらに、下町生まれ、山の手生まれと分けて、明治から昭和までの主だった作家たちの人となりを簡潔に紹介している。読み応えのある1冊だ。)

   そんな川口と高峰のはじめての出会いから、覚醒剤使用で世間を騒がせた川口の子供たちのこと、浅草生まれの川口の幼年時代、川口の愛人遍歴と女優で後添えの夫人三益愛子のこと、師である久保田万太郎との確執、そして川口に仲人を頼んだ松山善三との結婚など高峰自身の来し方も川口のそれに重ねて、淡々とつづる。そこはかとない、滋味が漂うエッセイだ。
   文中に突然、川口の言葉で「騎西屋って飯屋によく行ったなあ。」とある。どこかで聞いた名前だと思ったら、浅草寺の西に感応稲荷という小さなお社があるのだが、その騎西屋の名が玉垣に彫り込まれている。国際劇場や松竹など、往時浅草の名だたる看板企業にまじって、いちばん目立つところに、大きさもなかなかのもの。しかし、今はその名も聞かないからいったいなんだと、小生常々思っていたのだ。小学校を出るか出ないかであっちこっちに奉公に出され、食わんがために14歳で浅草で露天の古本屋を開いていたという川口松太郎が朝晩暖簾をくぐった店。きっと明治、大正、昭和の中頃までは繁盛した名物店だったのだろう。「ネギのみそ汁とどんぶり飯とおこうこ。それで6銭だ」「騎西屋は安いし、それより食えないから、毎日毎日行ってた」。大正初頭の6銭は今の300〜400円くらいか。
   この「むかし語り」は、その人の人生ばかりでなく、「その土地」の来し方もそっとかいま見せてくれる。

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