ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.18]

プロフィール
寺山修司「誰か故郷を想はざる」

角川文庫 1973年5月第1刷   単行本 1969年 芳賀書店

   “花摘む野辺に日は落ちて みんなで肩を組みながら 歌を歌った帰りみち 幼なじみのあの友この友 ああ 誰か故郷を想はざる”。戦前のヒット歌謡で、今も歌い継がれる懐メロの定番、歌うは霧島昇。1935年(昭和10年)青森生まれの寺山の愛唱歌がこの歌だ。
   本書は、生い立ちから、父親の戦死、母親と義父、少年時代、敗戦、米軍の進駐、性のめざめ、見せ物小屋との邂逅、19歳での上京など、さまざまなエピソードを虚実取り混ぜつづった、寺山33歳の時の若き自叙伝だ。早熟の天才歌人と名声を欲しいままにした寺山らしく、俳句や短歌も披露される。ロートレアモン、アラン、マルクス、ランボーらの詩や文言もたびたび引用される。寺山の知と生への限りない欲求を感じさせるが、決して彼らの誰かの言葉を借りて満足しているのではなく、“誰でもない何ものかになりたい”と身もだえしている様がありありと描き出されている。
   寺山は19歳で早稲田大学を中退し、体を壊して22歳まで療養生活を余儀なくされた。故郷忘じがたし。けれども、伊沢八郎「ああ上野駅」の“どこかに故郷の香りをのせて 入る列車の懐かしさ”に涙することなく、長渕剛が「とんぼ」で歌う“死にたいくらいに憧れた東京のバカ野郎が知らん顔して突っ立てる”と嘆く訳でもない。“地下水道をいま走りゆく暗き水のなかにまぎれて叫ぶ種子あり”と歌った寺山の、本書は「旅立ちの歌」なのだろう。
   その後、演劇実験室「天井桟敷」を主宰し、唐十郎の赤テント「状況劇場」と共にアングラ芝居の覇を競い、「家出のすすめ」「書を捨てよ、町へ出よう」と若者たちのアジテーターだった寺山が47歳の若さで世を去ってから、すでに24年。それでも「誰か故郷を想はざる」は、“田舎少年たちへの永遠のアジテーション”だ。

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