ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.19]

 

プロフィール
林 芙美子「放浪記」

新潮文庫 1979年9月 1刷   単行本 1930年 改造社

   不思議な本だ。カフェーの女給、家政婦、事務員、女工、露天商など様々な職を転々としながら、大正11年(1922)から5年間、日記ふうに書き記した文章をまとめた、林芙美子20歳代の若き自叙伝。簡潔に言うとこうなるが、日記と言っても、年の記載がない。月はあるが、日がない。「三月×日」「七月×日」「十月×日」等、日はすべて×日。年代順になっているかと思えば、そうではない。日々食べるものにも窮する貧しい生活のなか、女給勤めで客からチップをもらって一息ついたと思ったら、“次の日”には株屋の事務員採用の面接を受ける。そして“次の日”には母親と行商で東京の町々を歩き回り、男との痴話喧嘩に涙する。
   日付はばらばだけど、林芙美子の生き様、息吹はビンビンと伝わって来る。笑ったり、泣いたり、怒ったり、惚れたり、捨てられたり、絶望したり、奮起したり、多情多感な若い女性の生の姿がある。
   『一月×日 明日は場末のカフェーにでも住み込んで、まずたらふくおまんまを食べなければならぬ。まず食べること。それからいくばくかの金を作ること。拷問! 拷問! 私にもそれ位の生きる権利はあろう・・・。』と、何度思ったことか。それでも『三月×日 うららかな好晴なり。ヨシツネさんを想い出して、公休日を幸い、ひとりで浅草へ行ってみる。(中略)どじょう屋にはいって、真っ黒い下足の木札を握る。籐畳に並んだ長いちゃぶ台と、木綿の薄べったい座布団。やながわに酒を一本つけてもらう。隣りの鳥打ち帽子の番頭風な男がびっくりした顔をしている。若い女が真昼に酒を飲むなぞとは妙な事でございましょうか? それにはそれなりの事情があるのでございます。』と、奔放自在な一面も見せている。清く正しく美しく、ではないが、文学の志し高く強く明るくたくましい姿に、圧倒される。林芙美子はずっと前に亡くなってしまったけれど、「幸多かれ!」と拍手を送りたくなる。

   なお「放浪記」は単行本化される前、雑誌「女人芸術」に連載された。神近市子、平林たい子らの働く女性の解放を訴える評論や、林芙美子をはじめとして、円地文子、中本たかこなど数々の女流作家を輩出した雑誌として伝えられているが、主宰者である長谷川時雨も劇作家として活躍した女性だ。彼女が生まれ育った町と人の来し方を描いた「旧聞日本橋」(岩波文庫)も、「放浪記」とほぼ同じ時期に「女人芸術」に連載された。江戸の匂いを色濃く遺した明治初期の風俗、世態、人情をよく伝える自伝的随筆で、小生気に入りの1冊。蛇足ながら、お伝えする。

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