ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.20]

プロフィール
車谷長吉(くるまたにちょうきつ)「赤目四十八瀧心中未遂」

文春文庫 2001年2月第1刷   単行本 文芸春秋1998年

   一流大学を出て勤めた会社を辞め、様々な職業を転々とした後、阪神のある街に流れ着いた男「私」はアパートの一室で一日モツ焼きの臓物を串に刺す仕事につく。半ば人生を棄てた「私」は、焼き鳥屋の女将やら同じアパートに住む彫り物師や、その情婦たちの「社会」に関わることなく日々生きて行くが、ある日「私」はその情婦と肉体関係をもってしまう。焼き鳥屋の女将はそんな「私」にこの街を去るようにと計らうのだが、「私」は情婦から駆け落ちをそそのかされる。彼女の兄が組の金を使い込み、女は金のかたに博多に売られることになってしまったのだ。
   二人は心中するべく三重県名張の赤目四十八瀧に出かけるが、思いを果たすことなく帰路に着く。行く末を思案する中、女はひとり列車を降り「博多」へと向かってしまう。そして「私」は四年間阪神地区で潜伏の後、再び会社勤めをし、「思い出の地」を再訪するのだった。

   スリルとサスペンス・・・探偵冒険小説やミステリ小説とは全く異質ではあるけれど、本書にはこんな言葉がよく似合う。サスペンス=不安を伴う落ち着かない緊張感、と言うことなら、底辺に落ちた「私」の日常そのものがサスペンスであり、スリル=戦慄、ぞくぞくすること、であるならば、女との情事、そして逃避行はスリルの連続だ。1998年上半期の直木賞受賞作である本書は、生半可なロマンティシズムや柔な情感を厳しく拒絶する。それでもこの危うい世界から目を逸らすことができないのは、ギリギリに生きる人間の哀感とエロティシズムが隣り合った、すぐれた「ハードボイルド小説」だからであろうか。

   ところで、「私」には著者車谷の生き方がそれとなく反映されていると聞く。いったいどんな人
   物なのかと興味が沸くところだが、車谷はある名誉毀損にからみ、その後謝罪、私小説家の看板を降ろすことになったと言う。寡作ではあるが、いまだ著作を続ける車谷長吉はいわく言いがたい魅力を持っていて、見逃せない作家のひとりだ。

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