ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.22]

プロフィール
山際淳司「スローカーブをもう一球」

角川文庫 1985年2月 第1刷  単行本 角川書店 1981年8月

   スポーツを題材にした小説やノンフィクションが、大好きだった。小学校から中学まで軟式野球をやっていた小生にとって、さまざまなスポーツがある中でやはり野球ものは特別だ。映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の原作となったW.P.キンセラの「シューレス・ジョー」、辺見じゅん「大下弘 虹の生涯」、関川夏央「海峡を越えたホームラン」・・・題名をあげるだけでなんだか胸が高鳴るような気持ちになってくる。“take me out to the ball game”、「僕を野球に連れてって」とアメリカ・大リーグ7回裏の攻撃前、ホームゲームのファンたちはこぞって歌うが、こうした優れた作品は、確かに「僕」を野球に連れていってくれた。

   本書は、野球のほか、ボート、ボクシング、棒高跳び、スカッシュの選手たちを描いた8編からなるノンフィクション集だが、やはり表題作の「スローカーブをもう一球」と「江夏の21球」が際だって印象深い。
   「江夏の21球」は雑誌 Sports Graphic Numberの創刊号に掲載された。1979年11月4日近鉄バッファローズ対広島カープの日本シリーズ最終第7戦、広島がリードして9回裏のマウンドに立った江夏が投げた21球の1球1球の息詰まる攻防を、江夏自身や、対戦した近鉄の打者や西本監督の言葉を絡めながら、紙面の上に再現した。
   「スローカーブをもう一球」は、今まで“夢の夢”だった選抜の甲子園行きの切符を手にした県立の進学校の高校生たちと先生の物語だ。全員がヒーローでなければ甲子園へは行けるはずもないが、その中で並み居る強豪を打ち破る大きな原動力になったのが、超スローカーブを駆使するピッチャーの川端だ。打ち気にはやる強打者たちを嘲るかのようなスローカーブに、バットは空を切る。すでに選抜行きを確定した後の関東大会の決勝でこのチームは敗戦するが、山際は次のように書いて、このノンフィクションを終わらせている。
      『   (川端は)県大会以来初めて敗戦投手になった。スコアは2−5であった。
            その結果が出てしまう前の、月山の第四打席三球目のシーンで、川端俊介の話を
            終わらせてみたい気がする。
            キャッチャーの宮下がサインを送ったわけだった。川端はその指先を見た。
            その指の形はこういっている−<スローカーブをもう一球>』
   こんなロマンチックなスポーツライターだった山際淳司が46歳で早世して、すでに12年が過ぎた。今、山際の目にかなう素晴らしい“the ball game”はあるだろうか。

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