ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.23]

 

プロフィール
伊丹十三「女たちよ!」

新潮文庫 2005年3月第1刷  単行本 文藝春秋1968年8月刊

   もうすぐ、正月だ。「もういくつねるとーおしょうがつー」と喜ぶ歳ではないが、誘われて、おせちの黒豆にする豆を、成田近郊の畑へ採りに行った。誘ってくれた人が料理人で、契約農家に豆を作ってもらい、収穫は自分たちでするのだ。すっかり枯れた鞘をむくと黒々とした豆が顔を覗かせ、ちょっと感動ものだ。

   その「黒豆の正しい煮方」が、本書のエッセー集「女たちよ!」に載っている。伊丹は「自分の流儀でありますが」とことわりを述べながら、この方法で作れば「日本一の黒豆ができる」と断言する。ごくごくていねいにレシピを説明し、丸二日かけて作るその黒豆は極上のものとなるのだが、「この黒豆は三日以上は決してもたない仕組みになっている」と、トーンと読者を突き放す。そして「たかが黒豆を煮るのに二日の手間を厭わない。しかもできあがったものが三日しかもたないという。これが料理におけるダンディズムというものではありますまいか。」と高らかに宣言する。
   ダンディズム! 「女たちよ!」と呼びかけて、本書には「スパゲッティのおいしい召し上がり方」に始まって「サラダにおける本格」「包丁の正しい持ち方」「料理人は片づけながら仕事をする」や「スポーツカーの正しい運転法」などなど、役に立つこと立たないこといろいろのせているが、それらを女性たちに伝授しようというのではなく、実は伊丹自身かくあるべし!というスピリットの表明なのだ、この本は! もちろん思わずにやりとするようなユーモアも添えることを忘れない。

   12月20日は彼の命日、没後10年。映画監督として「お葬式」「マルサの女」「スーパーの女」など話題作、人気作を次々と世に送り出した伊丹は、俳優、エッセイストのほか、商業デザイナーとしても活躍した。本書カバーのイラスト、装丁も本人の手による。単行本として書かれたのがすでに40年も前だが、そのダンディズムとユーモアはいまだ古びない。自戒も込めて「見習うべし、男たちよ!」。

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