ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.25]

 

プロフィール
幸田 文「季節のかたみ」

講談社文庫 1996年6月第1刷  単行本 1993年6月

   本書は、文豪幸田露伴の次女として生まれた著者が、1960年代後半から1970年代後半にかけて、新聞や雑誌などに発表した短い随筆を集めたものだ。「失った暮らしや言葉の情感が名残り惜しく懐かしく心にしみる一冊」と表4のコピーにある。
   さて、「氷は、結ぶといい、とけるという」。そうだ、結氷と言うではないか、氷はできるのではなく、結ばれたものだから、溶けるのではなく、解ける(とける)のだ。巻頭、「氷」と題された2ページほどの随筆からひとつの言葉が、なるほどと胸にすんなり入り込む。しかし、雪国、北国育ちならいざ知らず、氷といえば冷蔵庫でできるものと思っている現代人たちに、この感覚はわかるだろうか。
   「みずばち」という文章には、頭がガンと殴られる思いがする。水道がなかった子供時代をすごした著者は、水を粗末にすると罰があたると言われて育った。それがいつの間にか、水罰という人はいなくなり、著者も節水を怠った。ところが「このごろ水資源の保護とかもいうし、水害もあったりすると、しんみりする。言葉が消えたとき心も消え、言葉と心が消えた後、じわじわと大水罰が当たりはじめるのかなあ、と思う。」と結んでいる。これは「みずばち」というひとつの言葉にとどまらないのではないか。どんな事柄にも人間は”言葉”をつけてきた。その”言葉”には人間の”心”というか”思い”がある。伝えるべき言葉をなくしてしまったら、心も失われ、人は人でなくなる。そんなふうに思えてならない。
   「心へ錘をつけておかないと、まるで坂を追い落とされるように、ただもう夢中な時間がたってしまう。」「あけ、たてするところはみな口ですし、いろんな意味の口があります。どの口も迂闊にはできない場所、気をつけなくてはいけない場所だといいます。」などなど、気にかかる文章がいくつもでてくる。ひょっとすると幸田文が伝えたかったことを、小生は違うように解釈しているのかもしれない。それらの”言葉”の”心”とは何か、よく反芻して考えてみることが必要かもしれない。だから、ときどきは思い出して本書を読み返してもみよう。なぜなら、これらの言葉は幸田文の「かたみ」なのだから。

過去の目ききな一冊をチェック