ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.28]

 

プロフィール
澁澤龍彦「東西不思議物語」

河出文庫 1982年8月 第1刷  単行本 1977年

   『異端の肖像』『黒魔術の手帖』『夢の宇宙誌』『胡桃の中の世界』『ドラコニア綺譚集』などなど数多ある澁澤の著作のタイトルに比べると、本書のタイトルは一見素直で微笑ましい。新聞に連載されたコラムをまとめた本書は、いわば澁澤ワールドの入門編と言うべきもので、「七面倒くさい理屈をつけるのはあまり好きなほうではなく、ただ読者とともに、もっぱら驚いたり楽しんだりするために、50篇に近い不思議物語をここに集めたに過ぎないのである」とは、澁澤の前口上の弁だ。
   確かに1篇わずか4ページほどでは多くは語れない。しかし、さてページを開いてみると、「肉体から抜け出る魂のこと」「ポルターガイストのこと」「頭の二つある蛇のこと」「未来を占う鏡のこと」「女神のいる仙境のこと」などなど、不二本蒼生の細密なイラストとともに、次から次へと不思議な話が展開される。しかも博覧強記の澁澤のことだ。古今東西の書物、資料をひもときながら、例えば「鬼神を使う魔法博士のこと」では、陰陽師安部晴明の行った魔法のひとつを紹介しつつ、中世ヨーロッパの錬金術師パラケルススが所持していた悪魔が封じ込められている短剣のことが語られる。見慣れぬ扉を開けてちょいとのぞいただけのはずなのに、いくつか読み進むうちに、気がつくと澁澤が案内する迷宮に深く入り込んでしまった自分に気がつく。
   澁澤はある著書で「アクチュアルな事象については、なるべく発言しないようにしている」と書いているが、それでは澁澤が紹介する”事象”とは何かというと、かすかな黴と埃の匂いのする標本室に遺された”役に立たないモノ”のように思える。しかし、それに一旦手を触れるとその匂いに我が身を包まれ、「アクチュアルでないこと=非現実の世界」にいざな誘われるのだ。その、世界のおどろおどろしく、しかし甘美なこと!  澁澤を読む楽しさは、まさにその世界に浸り、遊ぶことだ。

   しかし、あんまり澁澤ワールドに遊びすぎると、アクチュアルな世界に戻れなくなりそうだ。と言いつつ、今夜も澁澤本を開いてみようか。できうれば、ライトを消してろうそくの灯りのもとで・・・。

過去の目ききな一冊をチェック