ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.30]

プロフィール
永井荷風新橋しんきょう夜話やわ

岩波文庫 1987年9月第1刷 初出1908〜1912年

   「荷風」の文字を目にすると、なんだか放っておけない。荷風の作品はもちろんだが、荷風文学に関連する本は多数出回っていて、なかでも荷風の人となりを言及したものはゴシップ的な色合いもあって、とてつもなく面白い。
   荷風は浅草のストリップに日参していたとか、数千万円の預金通帳が入ったバッグを落としたのに拾ったアメリカ兵への謝礼がわずかだったとか、一人自宅で誰にも看取られずに死亡していたとか、およそ文化勲章まで受けた大作家らしくないエピソードが山ほどある。40年以上も書きつづられた日記「断腸亭日乗」を開いてみれば、荷風と“馴染みを重ねたる女を左に列挙”して16人の女性の名前とそれぞれの覚えが書いてあったりする(昭和11年/1936年1月30日)。
   荷風という人は“とんでもない人”なのに、その“とんでもなさ”に人はどこか惹かれるところがあり、「荷風はああだ、こうだ」と言うのが楽しい。東京、世田谷文学館では『永井荷風のシングル・シンプルライフ展』が開催されて(2008年2月16日〜4月6日)、“とんでもなさ”を含めて荷風の人となりを垣間見ることができた。
   来年は生誕130年、没後50年。さらに「荷風はああだ、こうだ」と言う声が喧しくなるだろう。荷風ファンとしては、願ってもないことだ。

   さて、本書の表題作のうち、「すみだ川」は、明治中期の下町に育った少年が芸者になった幼なじみへの淡い恋心を描いた佳品だ。立身出世を願う母の気持ちと裏腹に、勉学に気持ちが入らず芸人になりたいと叶わぬ夢を持つ主人公は、荷風自身のようでもある。
   樋口一葉の「たけくらべ」を彷彿とさせる叙情的な作品だが、一方「新橋夜話」は花柳界の色と欲、男と女のかけひきなどを描いた10数編からなるものだ。病気がちの芸者と定職をもたない旦那(ひも)とのもの哀しくもやさしい情愛を描いた「風邪ごこち」があるかと思えば、手練手管で新橋(しんばし)一の芸者に成り上がっていく「名花」などは今読んでも生々しい。
   芸者遊びで名を馳せた(?)荷風ならではの作品でなかなかに楽しめるが、表題作にないもう一編「深川の唄」こそ忘れてならない。東京山の手に住む洋行帰りの青年荷風が市電に乗って向かった先は、“川向こう”の深川。失われつつある江戸の残り香に限りない愛惜を覚えつつも、そこから現実・現代社会へ戻らなければならないという、青年荷風の悲痛な「唄」のようで、心に浸みる。

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