ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.31]

 

プロフィール
白洲正子「かくれ里」

講談社文芸文庫 1991年4月第1刷  単行本 新潮社 1971年12月

   白洲正子という人に興味を持ったのは、たかだかこの7、8年だ。ミホ・ミュージアムで2000年に開かれた「白洲正子の世界展」を見て、彼女の多面的な活動ぶりと、彼女が紹介する仏像や陶芸や能など美のあれこれに心惹かれた。ミホ・ミュージアムというところはJR、京阪電鉄の石山駅から路線バスで50分、滋賀県信楽の山中に忽然とあらわれる近代的な美術館で、ここも「かくれ里」かと思った記憶が今も残る。

   本書は、吉野、伊賀、比叡、美濃などの小さな町や集落を訪れ、「ほんのちょっと街道筋からそれた所にある忘れ去られた古い社やお寺」を歩き、「村人たちに守られてかくれている思いもかけず美しい美術品」に出会ったりする、いくつもの小さな旅の随筆だ。
   白州正子は、「かくれ里」の風景に身を置いて自然の美しさを語り、古さびた神社仏閣に足を運んで文化的な価値を伝える。しかしその思いはさらに深まり、いにしえ人の生活や信仰、権力闘争で敗れ去った人たちの歴史など様々に巡る。美術、歴史、文学の造詣深くなくしては生まれない品格あるエッセーは読むだけでも心豊かな気分になれるが、小生の旅心も強く触発された。
   たとえば、「金勝山をめぐって」という章では、『近江の狛坂廃寺というところにある美しい磨崖仏』を訪ねるのだが、山中を歩いてやっと出会った『磨崖仏は聞きしに優る傑作であった。見上げるほど大きく、美しい味の花崗岩に、三尊仏が彫ってあり、小さな仏像の群れがそれをとりまいている。奈良時代か平安時代か知らないが、こんなに迫力ある石仏はみたことがない』。なんて文章を読むと、興味を惹かれるのは当然だ。そして、たまたま写真でその磨崖仏を見てしまったのだ。もういけない。実際に見たくて見たくてたまらなくなってくる。磨崖仏をデジタルカメラに収めてから京都で一夜遊ぶというのも悪くない。
   「葛川 明王院」の章は、滋賀の湖西、奥比叡の山の中、延暦寺の僧たちの壮絶な回峰行の記述が印象深い。人に聞いたところによると、この明王院に隣接する比良山荘は知る人ぞ知る料理の名店らしい。春は山菜、夏は鮎が絶品と言う。
   小生の「かくれ里」願望は、どうやら世俗の欲にまみれているようではあるが・・・。

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