ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.32]

 

プロフィール
松本清張「張込み 傑作短編集(五)」

新潮文庫 1965年12月1刷

   表題作の「張込み」ほか、「顔」「声」「地方紙を買う女」「鬼畜」「一年半待て」「投影」「カルネアデスの舟板」、8偏からなる推理小説短編集。初出はほぼ1955年から1957年で、「点と線」「ゼロの焦点」でベストセラー作家になる直前の作品群だ。

   映画「張込み」(野村芳太郎監督/1958年封切)は日本映画の傑作のひとつとして評価が高いが、小生は残念ながらまだ見ていない。傑作と呼ばれるだけの脚本と演出と俳優が揃ったということだと想像するのは難しくないが、今回その原作を読んでみると、文庫で30ページにも満たない。
   強盗殺人事件の犯人の立ち回り先は、かつて恋仲だった女の所だと目星をつけた刑事が女の家を張り込む。捜査の作戦上、男の名前は新聞等には公表されていない。女は3年前に、先妻に死に別れた20も年上の男と結婚して、主婦になっていた。毎朝定時に出勤する夫を送り出し、学校に通う継子の子どもたちの世話にあけくれる日々。男は危険を冒して本当に女に連絡を取るだろうか、連絡があったとしても平凡だが幸せな生活を捨ててまで女は男に会うだろうか。こう書いてしまうとありふれた話にも思えるが、なんでもない日常が徐々に非日常に切り替わっていく描写は、ドキュメンタリータッチで読むものを惹きつける。
   映画ではどのように脚色されているのかわからないが、この優れた短編はその短さに中に面白さをギュッと凝縮しているのだ。

   ある資料によると松本清張の推理小説は先にあげた「点と線」「ゼロの焦点」の他、「砂の器」「天城越え」やこの短編集に収められている「鬼畜」など35作が映画化されたが、「顔」もそのひとつと言う(テレビドラマ化されたのは延べ200作超!)。
   映画俳優として売り出し中の男は、女を殺した過去を持つ。誰にも知られていないはずだが、准主役、主役とスクリーンに登場する場面が多くなるにつれて、心配が募ってきた。その女と列車にいるところをある男に見られたことを思いだし、偽名を用い、その男を誘いだし、確かめようとする。完璧な作戦に思われたが、落とし穴があった。
   読んでから見るか、見てから読むか・・・どこかで聞いたようなせりふだが、この短編集には「見たい」作品が目白押しなのだ。

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