ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.33]

 

プロフィール
岸田秀「ものぐさ精神分析」

中公文庫 1982年6月 第1刷  単行本 青土社 1977年1月

   懐かしい名前であり、タイトルだ。法学部ならぬ呆学部の学生だった小生はほとんど理解できぬまま読んだ吉本隆明の「共同幻想論序説」と並んで、ある時代の学生の知的バイブルの1冊であったように思う。岸田理論に共感した伊丹十三が精神分析を軸にした雑誌「モノンクル」を刊行したのは、1981年のことだった。

   本書は、「人間に関する問題ならどのような問題もすべてつながっており、ある問題が説明できて、別の問題を説明できないような理論は理論の名に値しない。人間に関するもろもろの問題を説明し得る理論の出発点は、人間が現実を見失った存在であるということである。」と豪語する岸田が、歴史、恋愛、言語、時間と空間など文字通り「もろもろの問題」を心理学の観点から論じた。
   なかでも「幕末から現代に至る日本国民の歴史を一人の神経症ないし精神病の患者として考察」した章が面白い。幕末期に、開国論=外的自己、攘夷論=内的自己が現われ、日本は精神分裂症的になり、明治維新により開国論=外的自己が一応は勝利した。しかし、攘夷論=内的自己は消滅したわけではなく、深く潜行しているだけなのだ、と岸田は言う。
   太平洋戦争=対英米宣戦布告は、まさに抑圧された内的自己が暴発、精神分裂症の発病であると言う。「ペリー・ショックという精神外傷を与えて日本を精神分裂病質者にしたのも、日本を発狂に追いつめたのもアメリカだった。日米戦争によって、百年来はじめて(アメリカへの)憎悪の自由な発想が許された。開戦は内的自己を解放した」。
   ここまで読んで、ハタと気がついた。これは”力道山の空手チョップ”と同じではないか。力道山がすんなりとオーソドックスに勝ったのでは、テレビの前で国民は絶叫歓喜はしなかった。白人レスラーの汚い反則技に耐え追い詰められた末に、アメリカへの憎悪の自由な発想=空手チョップが炸裂、内的自己を解放したのだ。
   まさに岸田が豪語したように、どのような問題もすべてつながっているのだ。呆学部生のいささか暴論、独断ではあるが、本書はこのように読むとグンと興が乗る。

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