ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.34]

 

プロフィール
藤沢周平「天保悪党伝」

新潮文庫 2001年11月 第1刷  単行本 1992年3月 角川書店

   現代よりも歌舞伎が庶民の共通の娯楽、話題であった時代なら、「ご存知! 天保六花撰の6人の悪党どもを藤沢周平の名調子で魅力的な面々に仕立て上げた痛快時代小説」と言えばご理解願えるのだろうか。かくいう小生が歌舞伎に疎いとあっては面目ないが、講談「天保六花撰」を脚色し河竹黙阿弥の作で「天衣上野初花(くもにまごううえののはつはな)」として明治14年に初演され、今も上演される名作が原作だ。
   歌舞伎では、御数寄屋坊主の河内山宗俊の剛悪ぶりと、貧乏御家人の直次郎、通称直侍(なおざむらい)と吉原の花魁三千歳(みちとせ)の色恋が中心とされているようであるが、本書では金子市之丞、森田屋清蔵、丑松を加えて6人それぞれを主人公にして6編の連作小説としている。
   第一話は「蚊喰鳥」。「天保六花撰ノ内、直侍」と副題にあるように、直次郎を主人公にしているが、金子市之丞を除いた5人がまずは顔見世。河内山宗俊が大胆にも大名松平候松江藩をだます歌舞伎でも演じられる有名なエピソードを挟み込んで、直次郎が三千歳を吉原から足抜けさせる恋模様で終わる粋な仕立てだ。
   第二話は、「闇のつぶて」。剣客、金子市之丞の巻だ。足抜けしたはずの三千歳が直侍に愛想を尽かし、吉原に戻って花魁となっている。金子は町道場を開いているというものの辻斬りで金を奪うこともいとわない。と言うのも金子が三千歳の今の情人で、廓に通うにはさらに金が要る。博打打ちの丑松と組んで偽の証文をでっち上げ商家をゆするが、商家の後ろ盾となっている森田屋に邪魔をされる。
   その森田屋清蔵が、今度は金子市之丞を助っ人に頼むのが、第三話「赤い狐」。表向きは商人だが、夜盗が裏家業。さらに、財政逼迫に苦しむとある藩をそそのかし禁制品の船荷を横流しさせ、三千両を巻き上げながら、公儀に密告する。かつて森田屋の父親はその藩の足軽で、非情な藩主のために打ち首にされた。すべては、その恨みを果たすためだったのだ。
   第四話「泣き虫小僧」は丑松の純情を描き、第五話「三千歳たそがれ」は直次郎、金子市之丞の間で心が揺れる三千歳が哀しい。第六話「悪党の秋」は河内山が水戸藩をゆすろうという話だ。
   昨日の敵が今日の助太刀となり、恋仇が明日の仲間となる。さて、誰がいちばん魅力的か。ご判断は、皆様方の読んでのお楽しみに!

   ところで「天保六花撰」は昔から小説家の創作欲そそるらしく、柴田錬三郎や半村良も題材に選んでいる。近いところでは、「深川澪通り木戸番小屋」や「慶次郎縁側日記」の北原亜以子もそのひとり。もっともこの本では直次郎こと直侍には病弱で世間知らずの美しい妻がいて、その妻を養わんがために悪事を働く憎めない優男という設定。元の話とは似ても似つかないが、それもそのはず、タイトルは「贋作 天保六花撰」(講談社文庫)というのだが、歌舞伎狂言をまねて「うそばっかりえどのはなし」と読ませる。この洒落っ気ぶりも素敵だ。

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