ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.35]

 

プロフィール
ジェフリー・アーチャー「百万ドルをとり返せ!」(永井淳訳)

                              新潮文庫 1977年8月 第1刷
                              原著”Not a Penny More,Not a Penny Less” 1976年発表

   ずっとジェフリー・アーチャーのファンだった。イギリス首相への階段を駆け上る若き政治家を描いた「めざせダウニング街10番地」や、デパート王になった人物の半生をつづった「チェルシーテラスへの道」と言ったサクセス・ストーリーものはその物語性に心を揺さぶられたし、アメリカの独立宣言(直筆!)が盗まれ奪還する「盗まれた独立宣言」や、短編集「12本の毒矢」「12の意外な結末」のようなサスペンス、ミステリーものには、その着想と展開、結末(落ち!)に舌を巻いた。
   10数年も前になるだろうか、南仏プロヴァンスで仕事で知り合ったイギリス人の女性に「貴国のジェフリー・アーチャーのファンです」と言ったら、「あんなもの!」と顔をしかめられた。なぜ「あんなもの!」と言ったのか? ディケンズやシェークスピアを愛する彼女としては「あんなもの!」と思ったのか、それとも1985年に上院議員にもなったアーチャーが売春婦スキャンダルを起こして翌1986年に辞任したことを指して「あんなもの!」と言ったのか、こちらの英語能力はあまりに乏しくてつっこんだ話はできなかったので想像するしかない。

   そのアーチャーも、しばらく新作が途切れていた。いつしか小生も忘れかけていたし、10数作を数えた文庫版もその多くが絶版になってしまった。ところが嬉しいことに、昨年2月に長編「ゴッホは欺く」、今年6月に新作短編「プリズン・ストーリーズ」(いずれも新潮文庫)が相次いで出た。着想と展開そして結末、久しぶりにアーチャーのエンターテイメントを堪能した。
   そこで、本書の紹介だ。これがアーチャーのデビュー作。
   株の取引で富を築いたハーヴェイ・メトカーフが立ち上げた北海油田開発の会社の株は上場以来続伸していたが、実態は幽霊会社であった。言葉巧みに誘われその会社の株を買わされ、一文無しになった4人の男たちがチームを作り、それぞれがプランを持ち寄り、あの手この手で”100万ドル”を取り返す。
   画廊経営のジャン・ピエールはハーヴェイに贋のゴッホを売りつけ、医師のロビンはハーヴェイを急病人に仕立て上げ手術料を巻き上げ、大学教授のスティーブンはハーヴェイに偽の名誉学位を与えオックスフォード大学への寄付金と称して小切手を奪取する。残るは25万ドル! 最後までプランを考えられなかった若きイギリス人貴族ジェイムズの作戦と、驚きの結末は読んでのお楽しみに。

   ところで、「あんなもの!」と言ったイギリス人の女性とは後日譚がある。東京で偶然に出会って、恋に落ちた。彼女は、今、小生の妻だ。・・・と言うのは真っ赤な嘘だが、アーチャーの小説なら、結末(落ち!)はきっとこうなる。

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