ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.38]

 

プロフィール
石川達三「四十八歳の抵抗」

新潮文庫 1958年10月第1刷  単行本 1956年

   カレセンがちょいとブームだという。50〜60歳の枯れたオジサンたちに惹かれる女性(枯れ専女子と言うらしい)たちがいて、いわゆる「ちょいワルオヤジ」ではなく、本当に枯れているオジサンが好きなのだというが・・・。本書は1955年から56年にかけて読売新聞に連載された小説で、枯れる寸前の男の“日常の冒険”を描いて、このタイトルは当時流行語となったとも聞く。

   主人公の西村は大手保険会社の次長としてそこそこに収入も地位もある。家庭には妻と23歳になる娘がいる。平凡だがそこそこ恵まれた社会生活を送っているといえるが、定年を数年後に控えて、西村には何かしら満たされない思いが募る。
   そこを見透かされたかのように、部下からヌード撮影会に誘われ、怪しげな酒場に足を踏み入れ、19歳の少女と知り合い恋心を抱く。
   23歳の娘は年下の学生と恋仲になり妊娠、今でいう「できちゃった結婚」をしぶしぶながら認めざるを得ない。家庭を守る妻には感謝する思いは十分あるが、高額な家電商品を夫に一言の相談もなく買ってしまう妻とこれからもずっと一緒に暮らすことを思うとうんざりもする。過ぎ去った青春を懐かしみ、失った若さに嫉妬する。
   もはや残された時間は少ない。男として最後の幸せなひとときを過ごしたいと願う西村は、少女と二人きりで熱海へ温泉旅行に出かけるが、事は不首尾に終わる。
   50年も前に書かれたこの物語はいささか滑稽ではあるけれど、”これはお話、時代も違うし、他人事だ”という中年の男がいたらお目にかかりたい。本書ではゲーテの「ファウスト」が重要な小道具として使われているが、悪魔メフィストフェレスに近づく勇気もないのに
   “俺だって”と夢想する現代の中年サラリーマンは少なくないはずだ。

   ところで本書にはところどころ当時の値段、物価が出てくる。まず西村の懐具合だが「毎月の収入手取り四万二千円。そのうち彼の自由になるものは一か月一万円前後しかない。一日の小遣い三百円乃至四百円。煙草代、珈琲代、それで終わりだ。」と紹介されている。
   西村が温泉旅館で頼んだ按摩代が「二百三十円」だ。想像するに現在は当時の10~15倍か、とすると小遣い代の「一万円」はいささか多額のように思えるが、無断で「二万五千円もの電気洗濯機」を買った妻に腹を立て、ちょっと贅沢をして「百六十円の昼食を食べ、百四十円で映画を見て」散財する。50年前も今も、世のお父さんたちは大変なのであり、滑稽であり、哀しい。

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