ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.39]

 

プロフィール
米村圭伍風流冷飯伝ふうりゅうひやめしでん

新潮文庫 2002年4月第1刷  単行本 新潮社 1999年6月

   頃は徳川10代将軍家治の世、四国は讃岐丸亀藩のお隣、二層半の天守をいただく2万5千石の小藩風見藩に現れ出でたる江戸の幇間(たいこもち)一八なるもの、贔屓の旦那の金毘羅参りの代参という触れ込みですが、武家の次男=冷飯食いの飛旗数馬とびはたかずまと知り合って、いっこうに江戸に帰る様子がありません。
   風見藩には不思議な慣例があって、城下を歩くときは男は城を中心にして左回り、女は右回りに行かなければなりません。そんなこんなを探る一八は実は幕府お庭番の手先、忍びの者ですが、冷飯ゆえお役目につけるめどもないのに毎日を明るく暮らす数馬や友人の冷飯食いたちに惹かれるようになっていきます。たとえば自分で作った凧揚げ、玩具を町民の子供たちに与えて慕われるおじょも半兵太や日がな風見岬で釣りをしている池崎源五、その水際立った美青年ぶりで城下の女どもの熱い視線を浴びるものの剣ひとすじの榊原拓磨。
   なんとものんびりした風見藩に不穏な動きなどないと思っていたところですが、風見藩主時羽直重公がお国入り、突如「将棋所を設けよ」との由、「藩内で一番強いものを選んで将棋頭とする」ことになりました。どうやら、「将棋公方」と呼ばれる将軍家治に風見城の改築改修を願い出て、賭け将棋をすることになったようです。時の老中田沼意次は乗り気ではないようですが、ことによれば風見藩を改易に追い込めると画策しているようです。ともあれ25石の新しい役職ができることになったのです。激しい将棋大会の末、冷飯どもの頂点に立ったのは榊原拓磨でした。
   さて、江戸城黒書院で行われた将軍家治と榊原拓磨の将棋の結果はいかに? それは読んでのお楽しみですが、風見城の天守はいまだ二層半のままのようです。

   とざい、とうざいー。仕掛けもくすぐりもたっぷり、そしてちょいとお色気もまじえたこのユーモア時代小説は、本文が「です、ます」調で、なんともとぼけた講談や落語のような趣があります。「目黒のさんま」や「妾馬」など落語に出てくるお殿様は少なくありませんが、名前は赤井御門守あかいごもんのかみと決まっていて、その石高は風見藩よりはるかに大きく12万3456石7斗8升9合とひとつかみ、少々抜けているところはあるが憎めない好人物です。
   さて、本書、風見藩のお殿様時羽直重も賭け将棋などと思い切った手を打つと思いきや、どこか抜けています。その時羽直重に50万石の大大名の姫君がお輿入れ、幕府相手に大騒動を起こす続編「退屈姫君伝」や「退屈姫君海を渡る」「退屈姫君恋に燃える」(いずれも新潮文庫)も、抱腹絶倒の楽しさです。今年4月には女軽業師小蝶ら三人娘が大活躍する「紅無威くれないおとめ組 かるわざ小蝶」(幻冬舎文庫)が出て、これもシリーズ化が待たれます。米村圭伍、目の離せない作家の一人でありまするー。

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