ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.40]

プロフィール
広瀬 正「マイナス・ゼロ」

集英社文庫 1982年2月 第1刷  単行本 河出書房新社 1970年10月)

   7月の新刊だが、帯に「2008年本屋大賞 全国書店員が熱望したこの文庫を復刊せよ!」とある。さらに「広瀬正の傑作! タイムマシンでかけめぐる昭和の東京。そこでつかんだ人生の真実とは?」のコピーも気になる。奥付を見ると、1998年に12刷で出て以来、10年ぶりの改定新版とある。単行本は1970年の刊行だ。こんな文庫こそ「なにか読みたくなって」にふさわしい。

   昭和20年(1945年)空襲下の東京郊外、13歳の浜田少年が、息を引き取る寸前の隣家の先生から、18年後の同日同場所に来てほしいとの、奇妙な遺言を託される。1963年31歳になった浜田が約束の時間場所に行くと不思議な物体が現れ、中からモンペをはいた少女が出てきた。少女はあの空襲で行方不明になってしまった先生の娘啓子、その物体はタイムマシンだったのだ。
   謎を探るべくひとり啓子を残してタイムマシンに乗り込んだ浜田は昭和7年(1932年)の東京に行くが、警官に不審者と見とがめられ、もみ合っているうちに、タイムマシンは警官を乗せて消失してしまう。東京日本橋の実家にそれとなく行ってみると、若き父母、そして生まれたばかりの浜田の赤ん坊が居た。浜田は別人として生きる覚悟をしたが、徴兵されてしまう。昭和23年 (1948年)復員して戦後の昭和を生き伸びながら、一人の美貌の女性と結婚する。その女性が住んでいるのが、かの場所なのだ。かくして1963年の同日、今は及川と名乗り62歳となった浜田の元を訪ねてきたのは、31歳の浜田だった。そして、タイムマシンは現われた。

   昭和20年=プラス・ゼロ、昭和38年=プラス18、昭和7年=マイナス31、昭和23年=ゼロ、昭和38年=マイナス・ぜロという時間の設定が秀逸だ。また、戦前の昭和、戦後復興期の東京の風俗や街並みがよく描かれていて、この1冊自体が、タイムマシンなのだ。
   それにしても奇妙な読後感が残る。最初13歳の浜田少年がAとすれば、及川となったAを訪ねてきた浜田とは誰なのか。Aではないのか。Bとすれば、Cが続くのだろうか。しかも、Aが結婚した女性とは、実は啓子だった。いったい、この物語はどこから始まり、終わりはないのだろうか。10年ぶりに復刊された本書も、実はすでに10年前に予定されていたのではないか。本書はやはりタイムマシンだ。

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