ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.42]

 

プロフィール
池波正太郎「ル・パスタン」

文春文庫 1994年12月 第1刷  単行本 文藝春秋 1989年5月

   前に、高峰秀子の「人情話 松太郎」を取り上げた時、「万太郎 松太郎 正太郎−東京生まれの文人たち」(筑摩書房)という本をちょっと紹介したが、9月も半ば、著者の大村彦次郎による同名の文化講演会があった。大村は講談社の文芸編集者を長く勤めた作家だが、講談社時代は池波正太郎担当として、「仕掛人・藤枝梅安」シリーズを手がけた。「藤枝梅安」の相棒の一人に楊枝職人の彦次郎がいるが、その名は池波正太郎が大村の名前から拝借したというとっておきのこぼれ話などもあって、微笑ましくも充実した講演会だった。そこで語られた多くは、浅草で生まれ育った「久保田万太郎、川口松太郎、池波正太郎」を中心に据えての “東京生まれの作家たちの処世のありかたを通した東京人の気質や感性”であった。

   本書は、週刊誌に連載された池波自身のささやかなル・パスタン=楽しみをつづったエッセー集。2ページ単位で全104篇からなるが、すべて池波自作の挿絵がオールカラーで収録されている贅沢な文庫だ。大まかに4つの章に分けられており、Iは子供のころの思い出を軸にした「食」の話、Uは試写室通いをよくしたという「映画」や「舞台」の話、Vは生涯5回も訪れたほど好きであった「フランス旅行」の話、Wは日々の「身辺雑話」となるだろうか。
   ある時は自分で作った料理について語り、ある時は急逝した歌舞伎俳優を悼み、またある時は旧知のパリの居酒屋の老婦人夫婦の安否を探る。いずれも、池波の “処世のありかた、気質や感性”そのものであったり、それに裏付けられた話であるのがよくわかる。 
   そんな池波は自分自身のこともよく分かっていたのか「気学」という項に、『私は気学を研究しはじめてから、あまり無謀なことはしなくなったようにおもう。私は六白の星で、衰運のどん底が三年後にやって来る。この衰極にそなえ、いまから、種々の方法を考え、実行に移しつつあるところだ。』との文章があるのだが、雑誌に掲載されたのは1987年6月、その3年後1990年5月に池波は67歳で永眠する。

   なお、先に紹介した講演会の会場の建物内には「池波正太郎記念文庫」があり、復元された池波の書斎や自筆原稿、多数の著書、蔵書を見学、閲覧することができる(台東区西浅草3-25-16)。余談ながら隣接する合羽橋珈琲はここらには珍しく洒落た店で、しかも落ち着ける。ここから池波の生地浅草聖天町、また墓所である西光寺もほど近い。

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