ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.46]

 

プロフィール
城山三郎「毎日が日曜日」

新潮文庫 1977年11月 第1刷  単行本1976年4月

   前に石川達三の四十八歳の抵抗を取り上げた。定年を数年後に控えた中年男の“最初で最後の冒険とその失敗”を描いた小説だったが、本書は定年となった初老の男と左遷された中年男が主人公だ。悠々自適のシニアライフ、または失意と諦念の日々が描かれているかと思ったが、どうやらちょっと様子が違う。

   巨大総合商社に勤める沖は、家族を東京に残して、本社から京都支店長に転勤となる。支店と言ってもその規模は出張所並み、閉鎖の噂が絶えず、本社や海外支店に比べて、仕事量、その重要性も極端に低い。社長や要人の京都での接待役、それが支店長の仕事と聞かされた沖は、「毎日が日曜日」状態に甘んじることなく、自ら新しいプロジェクトを企画し、その実現に力を注ぐ。
   一方、沖の先輩社員笹上は退職の日、椅子の上に立ちあがって「バンザイ、おれは退職だ。バンザーイ!」と叫んで同僚社員の顰蹙を買うが、定年前から着々と準備をすすめ数店の貸店舗のオーナーとなっていた。離婚して家族はいないが、生活資金の不安もなく好きなことだけして暮らす「毎日が日曜日」が来ることを心待ちにしていたのだ。
   沖のプロジェクトは本社に上奏するところまで漕ぎつけたが、沖の高校生の息子忍が交通事故に巻き込まれる。最初は軽傷と思われたが、処置と診断が甘く症状が悪化し、片脚を切断することを余儀なくされる。沖が東京と京都を忙しく往復するなか、忍の名付け親でもある笹上がなにかと忍の話し相手、相談相手になってくれた。片脚を失っても前向きに生きていこうと忍が思っていることを知って安堵する沖であったが、突然京都支店閉鎖の指令が下りた。
   本社に呼び戻された沖に命ぜられた仕事は、貨物船火事で使い物にならなくなった積み荷の廃棄。第一線で働く者たちの目から見れば、いわば「戦列外」の仕事だ。しかし、業務は業務だ。しかも、この業務は困難を極めた。沖は笹上に援軍を求め、全力を尽くす。

   今年の流行語大賞に「アラフォー」(アラウンドフォーティー、40歳前後世代)に選ばれたが、30歳の「アラサ―」、50歳の「アラフィー」に加えて、最近は「アラカン」=アラウンド還暦! もあるという。最新号の「すばる」2009年1月号では特集「アラセブの底力」が企画され、70歳前後の作家、井上ひさし、大江健三郎、吉増剛造らをとりあげている。確かに今のアラカン、アラセブは元気だ。元気で幸せに暮らしたいと思わない人はいない。しかし、「毎日が日曜日」が本当に幸せなのかどうかは人それぞれなのだ。そんな読後感を持ってさてそうすると、小生が次に読むべきは有吉佐和子の「恍惚の人」しかない!?

過去の目ききな一冊をチェック