ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.49]

プロフィール
司馬遼太郎「街道をゆく36/本所深川散歩 神田界隈」

朝日文芸文庫 1995年8月第1刷  単行本 朝日新聞社 1992年4月

   「街道をゆく」は1971年(昭和46)から1996年(平成8)まで週刊朝日に連載された紀行文で、単行本、文庫は43巻を数える。第1巻の「甲州街道、長州路」に始まり、北海道から沖縄まで、司馬は日本国内の土地土地を歩きながら、歴史、地理をひも解き、その街に住み、関わった人々の足跡をたどるのだが、第36巻目の本書にして初めて、東京、江戸が取り上げられた。「本所深川散歩」が前編、「神田界隈」が後編の2部構成だ。

   本所(現墨田区)と言えば、欠かせないのが忠臣蔵で名高い本所松坂町の吉良屋敷。もっとも元禄の頃は松坂町という地名はなく本所一つ目と呼ばれていた、と司馬は語る。本所生まれとして勝海舟、芥川龍之介についてもページを割いているが、文中に幾度となく落語や落語家が取り上げられているのが面白い。
   『文七元結(ぶんしちもっとい)』『永代橋』『宿屋の富』『富久(とみきゅう)』『大山詣り』など、本所深川に縁の深い落語をいくつも取り上げているのは“江戸っ子”を語る上には欠かせないからだが、司馬自身も実はなかなかの落語ファンだということが知れて、ちょっと愉快だ。もちろん、本所に住んだ三遊亭圓朝、古今亭志ん生についても、語るのを忘れていない。

   「神田界隈」で司馬は、『江戸時代、むろん明治時代もそうだったし、いまなお神田には学校や学塾が多い』と書き、昌平坂学問所や湯島聖堂の時代から、東京大学の前身や、今の明治、中央、専修、日本大学などの由来を語る。『江戸時代から私塾がとくに神田に集中したのは地の利によるものだったにちがいない』と、学問だけでなく、武のほうでも神田お玉が池の千葉周作道場が代表的なものとしてあったという指摘には、なるほどと思う。
   神田と言えば、古本屋であり、出版社であり、印刷所でもある。本書に「神田と印刷」という項で神田猿楽町生まれの作家永井龍男のことをふれているが、この人は小生も好きな作家だ。永井の自伝的小説に『石版東京図絵』がある。明治から大正にかけての神田、神保町の街のたたずまい、匂いが紙面から漂うような佳品だ。数年前、中公文庫から復刻版が出たが、その後、書店の棚で見ることがほとんどないのは、残念ではある。

   神田はまた、そばの街でもある。神田を歩き、司馬はそばを食べた。『そばは東京がいい。それに、トンカツと蒲焼が京・大阪よりまさっている。すしはいかがです、と村井氏(同行の編集者)がきいた。むろん東京のすしがけっこうであることにはまちがいないが、ときにせっかくのすしが商品として独立していなくて、職人の威勢や店主の威厳が加味される』。大阪人の司馬の言葉は、ユーモラスでいて、なかなかに辛らつだ。

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