ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.51]

プロフィール
大岡昇平「事件」

新潮文庫 1980年8月第1刷  単行本 1977年9月

   太宰治と松本清張は今年2009年、生誕100年だ。1948年(昭和23年)に自殺してしまった太宰と、1951年(昭和26年)に「西郷札」で世に出た松本が同じ1909年(明治42年)生まれというのはなんだか不思議な感じがするが、1949年「俘虜記」で文学デビューした大岡も今年生誕100年となる。
   名前は知っていたが、今まで大岡の作品は読んだことがなかった。それで “なにか読みたくなって”最初手にしたのは、「武蔵野夫人」(新潮文庫/1953年6月 第1刷)。タイトルも意味深だし、カバー裏の紹介文には「人妻」「姦通」など刺激的な文字もある。ちょいとよからぬ期待も込めてページをめくったが、最後までその期待は満たされなかった。

   で、本書「事件」。初出は1961年6月から1962年3月、朝日新聞紙上に連載された小説だ。
   神奈川県の小さな町で19歳の少年が恋人の姉を殺害してしまう。恋人は妊娠をしており、二人は真剣に結婚を考えていたが、姉からは結婚も子供を産むことも反対されていた。逮捕された少年は、殺害事実を認めていた。しかし裁判が進行するなかで次々と新しい事実が明るみに出て、裁判の行方は混沌としてくる・・・・・。
   検事の起訴状朗読、弁護士と被告の意見陳述、検事の冒頭陳述、証拠調べ、検察弁護両方からの証人喚問など、公判のシーンが圧倒的に多い。それらの記述は時に淡々と事務的にも思えるが、そこに「事件」の真相がどうなっているのだろうかという強烈なサスペンスを生んでいる。新聞連載時よりすでに50年近く経っているが、小生はその公判の傍聴席にいるような思いがした。
   今年5月には裁判員制度が始まる。生誕100年、大岡の名前も太宰治や松本清張と並んで、もう少し喧伝されてもいいのではないか。「武蔵野夫人」ではよからぬ期待をした小生が馬鹿であった。そんな本ではないのですね、ごめんなさい大岡さん。

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