ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.54]

プロフィール
青山二郎「鎌倉文士骨董奇譚」

講談社文芸文庫 1992年12月 第1刷

   戦前、戦後にかけて当代きっての骨董の目利きと言われ、中原中也や白洲正子とも交流があったのが青山二郎だ。若い頃から、小林秀雄、大岡昇平、永井龍男、河上徹太郎、宇野千代らが青山の元に集い、日本の美術や文化を語り合い彼ら彼女たちに影響を与えたから、「青山学院」とも呼ばれた。
   本書は、その「青山学院」の文士たちとの交遊録であり、北大路魯山人、勅使河原蒼風など芸術家たちの人物評であり、また青山自身の芸術観を著したエッセー集だ。
   『優れた画家が、美を描いた事はない。優れた詩人が、美を歌ったことはない。それは描くものではなく、歌い得るものでもない。美とは、それを観た者の発見である。創作である。』と、青山は書く。一読、なるほどとも思うが、実はなかなか難解な言葉だ。美をめぐる青山の文章は一見平易だが、そこから真の意味は読者自らが”発見”しなくてはならない。
   もっとも、表題作の「鎌倉文士骨董奇譚」をはじめとする交遊譚は豪快で、楽しい。「思い出の五十円−わが青春記」では酔っ払った小林秀雄はすぐ友人の頭を張り倒すし、「銀座酔漢図絵」では青山と永井がある会社の嘱託になったはいいが毎晩のように教育と称して社員を連れ出し飲み歩くので、その借金が莫大なものになったと書く。

   ところで、上野の東京国立博物館で「国宝 阿修羅展」が6月7日まで開催中である。奈良、興福寺で何度となく阿修羅像は拝観しているが、今回の展示では前後左右360度の角度から見ることができるのである。新しい”発見”をするべく今から行くのを楽しみにしているが、会場限定発売となる阿修羅像フィギュアも気になる。話によると展示会場よりもスーベニアショップの混雑が目立つという。まずはフィギュアを手に入れてから本物を、と思うこと自体が「青山学院」に入る資格はないけれど・・・。

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