ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.57]

プロフィール
坂口安吾「白痴・二流の人」

角川文庫 1970年3月 改版第1刷

   表題作2作を含め、1931年(昭和6)から1947年(昭和22)までに発表された8作の小説を集めた短編集。1947年と言えば、今年6月生誕100年を迎える太宰治が自死する前年だ。1946年に発表した「堕落論」で戦後文学の旗手として名乗りを上げた安吾、太宰、それに「夫婦善哉」の織田作之助ら無頼派が銀座辺りでブイブイ言わせていたころだ。

   「白痴」は、前後して書かれた「堕落論」「青空と外套」などともに、安吾の代表作と言われるが、小生は「二流の人」と言うタイトルに強く惹かれる。「二流の人」とは、豊臣秀吉の参謀で名軍師と言われた黒田官兵衛、のちの黒田如水を主人公とする歴史小説だ。
   本能寺の変の前、官兵衛は単身、毛利方に寝返ったかつての主人家に説得に行き、裏切り者として土牢に入れられるという有名な話がある。後に秀吉方に救出されるが、一生片脚が不自由になってしまう。「主にたいしては忠、命を捨てて義を守る」如水を秀吉は重用するが、天下を狙うにあたって恐れたのは家康、そして如水であった。
   秀吉没後、東軍西軍が雌雄を決すべく関ヶ原に戦うとき、九州に隠居していた如水は突如挙兵した。関ヶ原の戦いが長引けば、九州一円を平定しさらに東に攻め入る目算をしていたらしいが、戦いは一日で終わってしまう。家康公に代わって九州を平定しておきましたと弁解したというが、ここらあたりが如水の限界、安吾が「二流の人」と言う所以だろう。
   さて、本書には今を時めく直江兼継も出てくる。『秀吉の死去と同時に戦争を待ち構えた二人の戦争狂がいた。一人が如水であることは語らずしてすでに明らかなところであるが、も一人を直江山城守といい上杉百二十万石の番頭で、番頭ながら三十万石という天下の諸侯に例の少ない大給料をもらっている。(中略)彼は第一骨の髄まで人を憎む男ではなく、風流人で、通人で、その上に戦争狂であったわけだ。だから家康が天下をとるなら、俺がひとつ横からとびだしてビンタを食らわせてやろうと大いに張り切って内心の愉悦をおさえきれず、あれこれ用意をととのえて時のいたるのを待っている』。ふーん、なるほど。これから大河ドラマ「天地人」を見る目も変わろうというものだ。

   「一流の人」にはとてもなれない。せめて「二流の人」になりたいと、小生、冷布亭を名乗る前は、如水という名に憧れていたが恐れ多くて、「濁水(だくすい)」と号していたことがあった。しかし、名は体を表す、今も濁り水の中に浸りっきりなのは情けない。

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