ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.58]

プロフィール
吉川英治「松のや露八」

講談社吉川英治歴史時代文庫 1990年7月 第1刷  「サンデー毎日」1934年連載

   幕末、一ツ橋家に仕える家臣の長男として生まれながら、武士を捨て幇間(ほうかん)として生きた男の物語。
   幇間は太鼓持ちとも言う。「たいこもち、幇間、男芸者、いろいろ呼び名はあるんだが、要は、花柳界の酒席に呼ばれて、客の相手をしたり、酒席を盛り上げたりって商売だな。唄ったり、踊ったり、いろいろな芸もする」と、1994年に亡くなった幇間、悠玄亭玉介師も著書で書いている。
   現在、浅草、向島の花柳界に数人のみ幇間がいると聞くが、おなじみなのは落語の世界だ。「うなぎの幇間」「たいこ腹」「つるつる」「愛宕山」、いずれも幇間の生態を面白可笑しく描いていて大いに笑えるが、どこか哀しい。

   剣を握って免許皆伝、酒席になじまず、女も苦手な土肥庄次郎。しかし世の中には自分より腕が立つのは五万といることを知り、意にそまない結婚に鬱々とする。家臣仲間や友人たちは当然ながら徳川大事だが、弟は勤王方に走ってしまう。いつしか酒色に走り、半ば勘当状態で家を飛び出し、幕末の江戸から京都、長崎、博多、下関を転々としながら、手慰みで覚えた唄、三味線で、松のや露八を名乗って幇間稼業。
   そんな男も官軍の横暴に今一度武士の血がよみがえり、彰義隊の一員として上野で戦うが、維新なって明治の世、庄次郎はまた松のや露八として生きていく。

   なお、松のや露八は実在の人物と言う。落語に出てくる幇間の名前はたいてい“一八(いっぱち)”と言うが、明治の落語家で誰か、露八のお座敷芸を見たものがあるかも知れない。

   マンガ「バカボンド」の原作「宮本武蔵」の著者、吉川英治の名声はいまだ聞く。戦前、戦後、国民文芸作家と評された大作家だが、小生の世代ではややなじみが薄いのも事実だ。ところで、つい先日、本屋で、宮部みゆきの「名もなき毒」を買った。単行本は3年前に幻冬舎から出ているが、カッパ・ノベルス版としてこの5月新刊として出たばかり。帯には「第41回(2007年度)吉川英治文学賞受賞作」の字句が並んでいた。

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