ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.60]

プロフィール
沢木耕太郎「テロルの決算」

文春文庫 1982年9月 第1刷(新装版2008年11月)  単行本 文藝春秋1978年9月

   1960年10月、日比谷公会堂で演説中の社会党委員長浅沼稲次郎が、17歳の右翼少年、山口二矢(おとや)に刺殺される。戦前からの労働運動指導者で多くの人に愛された庶民派政治家が殺される理由はあったのか、礼儀正しく母親に優しい少年がどうしてテロリストを志したのか、二人の軌跡をたどる長編ノンフィクション。

   1960年という年は前年からの安保反対運動で揺れに揺れた年だ。当時の首相岸信介の孫である安倍晋三は、安保反対のデモ行進を真似てよく「安保反対ゴッコ」をして遊んだというが、安倍と同世代の小生も、ほうきをゲバ棒かわりにスクラムを組んで「アンポーハンタイッ」と叫んだものだった。東京から遠く離れた田舎の、それもまだ小学校にも上がらない子供たちまでもが、なぜそんな遊びに興じたのか? 「政治の時代」と言われれば、そうなのかもしれない。が、子供に「アンポーハンタイッ」の中身まで分かるはずがない。前年1959年に今の天皇、当時の皇太子の結婚式があった。すでにテレビ放映は始まっていたが、ミッチーブームを機会にテレビは爆発的に全国家庭に普及していく。
   「テレビの時代」。まさに「安保反対ゴッコ」はテレビがもたらしたものだった。浅沼稲次郎の刺殺も繰り返し、テレビで見た記憶がある。岸信介の後を襲って首相になった池田勇人が所得倍増計画を発表するのもこの年だが、国会演説で「私は嘘を申しません」と言うフレーズは、いまだに、その映像とともに小生の脳裏に焼き付いている。

   しかし、その映像が強烈であればあるだけ、そのことにのみ記憶は収れんしがちだ。本書「テロルの決算」は、二人の生い立ちから育ちを丹念に追い、家族友人周囲の人々の声を拾い、「テロルの一瞬」にたどり着くまでの長大な時代の流れと広大な背景を明らかにする。沢木耕太郎若き日の力作である。

   なお、前回紹介した昭和歌謡全集第7章の「アカシアの雨がやむとき」も、発表年は1960年だ。西田佐知子の退廃的な歌声で大ヒットしたが、安保闘争で命を落とした東大生樺美智子への共感と哀悼の念を聴く人に大きく与えたという。

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