ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.62]

プロフィール
有吉 佐和子「恍惚の人」

新潮文庫 1982年5月 第1刷  単行本 新潮社 1972年6月

   中年男の悲哀と滑稽が共感を覚えた石川達三の四十八歳の抵抗に続き、定年間近の男たちの奮闘が胸に迫る城山三郎の毎日が日曜日を紹介したとき、次に読むべきはこの小説だと思っていた。認知症を発症した一人の老人と、その介護に追われる嫁を軸に物語は展開する。

   夫婦共働きの夫信利の母が亡くなったが、父茂造はそれが理解できないらしい。信利の妻昭子のことは分かるのに、実の息子の信利が誰か分からない。絶えず腹を空かせて、何か食べさせろと昭子にねだる。そのうち夜のトイレに付き添うようになる。風呂に入れて体を洗ってやる。それらの仕事はすべて昭子の仕事だ。信利は実の親だというのに、何も力になってくれない。時々茂造は家を飛び出したまま帰ってこれなくなることがある。何度目かの“家出”のあと自宅に連れ戻すと、失禁していた。昼間は仕事に出ている昭子は泥のように疲れて、それでも茂造のオムツを当てるのだ。そして、風呂場で茂造が溺れた。

   調べてみると、「恍惚の人」は1973年に映画化されている。茂造は森繁久彌、昭子は高峰秀子、信利は田村高廣。テレビドラマ化は3回されていて、1990年には、茂造/大滝秀治、昭子/竹下景子、信利/三浦浩一、1999年は、茂造/小林亜星、昭子/田中裕子、信利/蟹江敬三、2006年、茂造/三国連太郎、信利/三宅裕司、そして昭子をもう一度竹下景子が演じている。本書の中で茂造は背が高くて若い頃は美丈夫だったと描かれているから、三国連太郎は確かに適役だろうが、小生なら宝田明か、もう少し若い長塚京三を茂造役に選びたい。昭子は風吹ジュン、宮崎美子、信利はさて、と考えるうちに、もう何年もすると、小生自らが信利、いや茂造になるかもしれないと気がついた。

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