ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.65]

プロフィール
重松 清 「定年ゴジラ」

講談社文庫 2001年2月 第1刷  単行本 1998年3月

   「定年ゴジラ」、なんだかすごいタイトルだが、何となく中身は想像できる。ついこの間有吉佐和子の恍惚の人を紹介したばかりだ。石川達三四十八歳の抵抗、城山三郎毎日が日曜日の次にその本で、サラリーマンの”中年−定年−老後”の流れを見てきたから、しばらくこの類に属する小説は手を出すまいと心に決めていたのだ。しかし、定年なんて他人事と思っていたが、小生もいつの間にかアラフィー=アラウンドフィフティーはとっくに過ぎ、アラカン=アラウンド還暦が近づいてきた。すると、本屋で、このタイトルが、小生を“おいでおいで”するのである。そして、本を開くと・・・。

   都心から電車で2時間、東京の西のはずれのニュータウンに住む本書の主人公山崎さんは定年を迎えた。西のはずれといいながら、二階のベランダからは富士山が望め、緑豊かな自然が残る地に、待望の新築庭付きの一戸建てを構えたのが25年前、もう都心に通うこともなくなった山崎さんの目に、あれほど光り輝いていた我が家も、ニュータウンも、自分のようにくたびれかけていた。
   そんな山崎さんに町内で友達ができた。そのひとりは先輩格の町会長、あとのふたりは山崎さんと同じ今年定年組のフーさんに、ノムさん。すっかり意気投合し飲み屋で怪気炎を上げる4人だが、それぞれの家庭に、そして街にもつぎつぎと“事件”が起こる。

   同じ定年組のフーさんこと藤田さんは、実はこのニュータウンの開発を手がけた私鉄会社の担当社員だった。集会室の奥深くにしまい込まれていたニュータウンの模型を、酔っ払った4人がゴジラのごとく踏み潰すシーンが、第一章にある。それがこのタイトルの由縁だ。辛くて切ないが、ユーモアを忘れない文体が優しい。年老いていく者、弱者に対してはもちろん、人知れず胸の内に秘めた矜持や夢を持ち続ける人間への作者重松清の共感がここにはある。

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