ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.66]

プロフィール
北村 薫「空飛ぶ馬」

創元推理文庫 1994年4月 第1刷  単行本/東京創元社 1989年

   本年度上半期、直木賞作家となった著者のデビュー作。表題作を含め全5編の短編推理小説で、いずれも主人公の女子大生「私」が遭遇する事件を、噺家春桜亭円紫が鮮やかに謎解きをする。
   事件と言っても、殺人や窃盗、麻薬など凶悪犯罪にはほとんど関係がない。本書の「犯人」には、子どもを置き去りにする母親や、喫茶店の砂糖つぼに塩をいたずらして入れてしまう女子大生たちもいて、そこに現代の小さな闇を見出すことができるが、一方、「私」の大学の教授が長年胸に秘めていた忘れられない夢の謎を解いたり、消えた木馬に隠されたラブストーリーであったり、心なごむものも多い。「私」と円紫師匠をはじめ、二人を取り巻く常連の登場人物たちの、人をみる視点が暖かい。
   で、噺家と言えば当然、落語だ。いずれの短編にも円紫師匠お得意の落語が出てきて、若干のあらすじと解説が紹介される。ストーリーに大きく関与することはないが、謎ときのヒントになったり、この短編集に独特の味わいをもたらしている。

   読んでいて、この夏聞いた立川志の輔が演じた「大名房五郎」という落語を思い出した。
   「大名」のあだ名がある大工の棟梁・房五郎。腕がよくって、義理人情に篤く、困っている人をみると放っておけない。書画骨董の目利きでもある房五郎、母親の形見、岩佐又兵衛の掛け軸を売って、飢饉に苦しむ人たちに施しをしたいと、質屋の万屋に話を持ち込むが、ケチで評判の悪い万屋から絵は欲しいがその金を施しに使うのは嫌だと、断られる。
   後日、房五郎は別の用で万屋を自宅に招く。万屋が床の間を見ると、先日見た岩佐又兵衛の掛け軸が掛かっている。遠山の下に橋があり傘を持って歩いている人がいる絵だ。しかし、どこか違う。よく見ると傘を持っているのではなく、傘をさしている。遠山も心なしか、雨に煙っているように見える。万屋が庭先を見ると、外は雨。つまり、晴れているときは傘をすぼめ手に持ち、雨が降ると傘をさす、さすが岩佐又兵衛、と欲に目がくらんだ万屋は強引に200両で手に入れるが・・・・。落語好きの小生の誠に勝手ながらの推測だが「円紫師匠」ならきっとこの噺は、好きなはずだ。
   本書のほか「私と円紫師匠シリーズ」は好評で、何巻も出ていると言う。「大名房五郎」を期待して、次の巻を開いてみよう。

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