ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.67]

プロフィール
東野圭吾「秘密」

文春文庫 2001年5月 第1刷  単行本 1998年9月

   自動車部品メーカーに勤める杉田の妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたスキーバスが崖から転落して、多数の死傷者が出た。直子は死亡、藻奈美ほとんど外傷もなく、一命を取り留めた。しかし、奇跡的に意識を取り戻した藻奈美のその意識とは、妻・直子その人のものだった。
   肉体は藻奈美で心は直子、そんなことを世間に公表することなんて絶対にできない。料理や家事は今までと同様に藻奈美=直子がこなすままごとのような家庭生活と、同級生の名前も知らない小学校へ通う「秘密」の日々が始まった。
   中学、高校と藻奈美=直子は進学するが、クラブ活動で青春を謳歌しているように見える藻奈美=直子に、杉田は嫉妬心を抱く。そしてある日、藻奈美の意識が突然戻った。しばらくは藻奈美と直子の意識が交互に現れたが、徐々に藻奈美でいる時間、日数が長くなり、そして完全に直子の意識が消えさる日が来る。
   時が経ち、藻奈美はよき伴侶を得て、結婚をすることになった。結婚式の当日、ウェディングドレスの藻奈美に直子の面影を見た杉田は、永遠の「秘密」を誓う。

   荒唐無稽と言っては言いすぎかもしれないが、あり得ない話であるのに、我が身に同じようなことが起こったらと想像し、感情移入をしてしまう。昔デートした山下公園で杉田が藻奈美=直子と最後にことばをかわすシーンは、涙なくして読めない。前に紹介した山田太一の異人たちとの夏では、死んでしまった両親=幽霊と出会うというあり得ない話なのに、やはりその両親=幽霊との別れには、泣いてしまった。

   この小説では、転落事故を起こし死亡したスキーバス運転手の家族の「秘密」も徐々に明らかにされ、そして杉田、藻奈美=直子にも大きくからんで、物語に膨らみをもたらしている。本書は1998年度のベストミステリーと聞くが、2001年5月に文庫化されて2009年7月15日付けで42刷、名作はこれからも読み継がれる。

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