ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.68]

プロフィール
志賀直哉「小僧の神様 他十篇」

岩波文庫 1928年8月 第1刷

   表題作のほか、「赤西蠣太」「清兵衛と瓢箪」「城の崎にて」などからなる短編集。城崎温泉に行ったことはないが、兵庫県にあるこの温泉の枕詞はいまだに「かの志賀直哉の小説の舞台となった」であるし、インターネットで検索すれば『志賀直哉ゆかりの宿、城崎温泉三木屋』、『志賀直哉と白樺派を中心に城崎ゆかりの文人墨客の作品等を紹介、展示する城崎文芸館』などのホームページの表現も誇らしげだ。志賀自身を「小僧の神様」ならぬ「小説の神様」と評する声もあると聞くし、期待してページを開くと「小僧の神様」は総ページ16、「城の崎にて」はわずか10ページ弱と、やや拍子抜けだ。
   もちろん、ページの多寡が問題ではない。内容である。殊に「城の崎にて」は温泉が舞台であるから、情緒豊かな温泉街の風景でも織り込まれているのかと思ったら、そうではない。志賀直哉とその代表作は常識と思いつつも今まで読んだことがなかった小生自らの無知を恥じるばかりだが、ひとつ発見をした。
   この小説は「山の手線の電車に蹴飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。」から始まるが、年表を見ると実際に志賀が山手線の電車にはねられ重傷を負ったのが1913年8月だ。ところである資料を読んでいたら、烏森(現在の新橋)〜上野間が電化されたのが1909年12月、1913年3月に中野〜東京〜品川〜新宿〜上野の「の」の字運転が開始されたとある。現在のぐるり一周する環状式の山手線になったのは1925年であるから、志賀は開業初期の山手線にはねられたことになる。100年前の交通事故だ。どうでもいいようなことにも思われるが、世の中の鉄道好きの中にはさまざな人がいて、たとえば夏目漱石の「坊ちゃん」の主人公は四国の中学の先生をやめて街鉄の技手=市電の技術者になるところで終わるのだが、英文学者で鉄道ファンである小池滋は『「坊ちゃん」はなぜ市電の技術者になったか』(新潮文庫)という本まで書いて、その謎を追っている。

   少々話が横にそれ小生の無知の弁明とお許し願いたいが、仙台藩の無骨で世渡り下手な武士と美しい御殿女中との恋を描いた「赤西蠣太」が微笑ましく、小生にとってはこの短編集のベストであると一言。

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