ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.69]

プロフィール
宮尾 登美子 「鬼龍院花子の生涯」

文春文庫 1982年6月 第1刷  単行本1980年1月

   あの夏目雅子の名セリフ「なめたらいかんぜよっ」の「鬼龍院花子の生涯」だ。もっとも映画の原作にあたる本書にはそんなセリフはなく、「花子の生涯」と名づけられているが、主人公はもっぱら花子の父にあたる鬼龍院政五郎とその養女松恵で、映画で松恵役を熱演したのが夏目雅子であった。

   頃は大正、土佐の高知で名を上げた侠客鬼龍院政五郎、市場を取り仕切り、相撲や飛行機の興行で世間をあっと言わせ、労働争議に介入を図ったりと、鬼政と呼ばれる堂々たる親分であるが、家には本妻とふたりの愛妾が同居、外では反目するヤクザとの抗争の危機がいつもあり、12歳で養女になった松恵には、虚飾に満ちた侠客稼業の表裏がよく見えるのだった。
   鬼政の3人目の妾つるに子供ができて、この子が花子。松恵は養女と言いながら花子のお守をし家事手伝いもこなして扱いは下女同様、耐えて生きながら自立するためと勉学に励み高等女学校を出て、さらに東京の女子師範学校をめざす。しかし、鬼政の妻、松恵の養母にあたる歌が伝染病の腸チフスを発症、ひとり松恵が看護をし自らも感染、歌は死亡、松恵は一命を取り留めるが、進学は断念。さらに鬼政が松恵を手籠にしようとした。それでも小学校教員となり家を出ることがかなったが、長年くすぶっていたヤクザ同士の抗争がついに勃発、多数の死傷者が出て鬼政以下主だった子分たちも収監、懲役。松恵は教員を辞めざるを得なくなり、ここに隆盛を極めた鬼龍院一家も急速に衰えていく。
   こののち松恵は大阪に職を得て互いに好意を寄せていた男性と一緒に暮らすささやかな幸せをやっとつかむがそれもつかの間、愛する人の子供を宿したが死産、出所した鬼政があっけなく病で逝く。つづいて、つるも死亡、今や一家を取り仕切る役目は花子なのだが、生まれてこのかたその名前のとおり「蝶よ、花よ」と育てられた花子には、その自覚、才覚まるでない。家事一切、後始末をするのは松恵しかなく、この後も「花子の生涯」に翻弄されるのだ。

   こうして「松恵の生涯」を読んでみると、先にも書いたが原作にはなかった「なめたらいかんぜよっ」の気持ちもわからないではない。なお、映画では鬼龍院政五郎を仲代達也、歌を岩下志麻が演じたのは、ご存知の通りだ。そして夏目雅子が急性骨髄性白血病のため27歳の若さで亡くなって、今年ですでに24年経った。

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