ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.70]

プロフィール
内田ひゃっけん「御馳走帖」

中公文庫 1979年1月 第1刷

   「阿房列車」「ノラや」など数々の小説、随筆を遺し、黒澤明の最後の監督映画「まあだだよ」の主人公でもある“ひゃっけん先生”だ。“ひゃっけん先生”は食いしん坊としても知られるが、この「御馳走帖」、冒頭「序に代えて」として先生の昭和二十年夏の日記を抄録している。曰く「七月十七日 オ米ハ昨日限リニテ今日カラハ無シ。朝ハ配給の代用粉ニ古日ノ持ッテ来テクレタ饂飩粉ヲ混ゼタスイトンナリ。/七月二十五日 朝ノ御飯ノ代リニ昨日ノ澱粉米ナルモノヲ葛湯ノ様ニシテ試タリ。甚ダ可ナリ。/七月三十日 二十二日ノ朝以来ズット御飯ノ顔ヲ見ズ。仕方ガ無イ事ト諦メテ我慢シテイルガ今度ハソノ代用食モ無クナリカケタ。」と敗戦直前の食卓は、現代の我々の想像を絶する。それでも「八月四日 今日ハ配給ノ麦酒三本アリ。冷蔵庫ヤ氷ハ叶ワヌ事ナレドモ汲ミ立テノ井戸水ニ冷ヤシテ三本続ケ様ニ飲ミ大イニヤラレタリ。」に読んでいるこちらもなぜかホッとする。
   その後は、岡山の造り酒屋の息子に生まれ、東京帝大を出て漱石の知遇を受け、陸軍士官学校や法政大学などで教鞭をとり、作家となった“ひゃっけん先生”の食の記憶と蘊蓄のオンパレード。「河豚」「三鞭酒(シャンパン)」「シュークリーム」「チーズ」と確かに御馳走も数々あるが、「猪の足頸」「食用蛙」とぞっとしないものも先生は食される。グルメとはちょいと趣が違う。自ら食い意地が張って、飲みだすときりがないと白状していて、失敗談は数多く、ユーモラスでいて、食をめぐっての人との交流が温かい随筆集だ。

   「一本七勺」という項がいい。ある時、入った食堂で酒を注文したらお銚子一本一合ではなくて七勺だと言う。勺とは今ではあまり使わないようだが、要するに七勺とは一合の10分の7、ずいぶんとけちっているのだが、 “ひゃっけん先生”戦時中のことを思い出した。
   食糧事情がひっ迫して酒も思うように手に入らなくなってきたが、ある時、若い給仕が酒を国民酒場なるところで買ってきてくれた。量に限りがあって長い行列に並んで、しかもくじ引き、何回か外れた後にやっと当たって買えたというが、一人一本一合ではなくて七勺なのだ。その若い給仕は肺病病みで体が弱いが、その後も“ひゃっけん先生”が喜ぶことを知って時々買ってきてくれた。大酒のみの先生であるが、そのわずか七勺がすごくうれしい。しかし、空襲が激しくなって、母親と二人暮らしていた若い給仕は焼け出され、田舎に帰っていったが、病死したという。今、その「一本七勺」を何本も空にしながら、“ひゃっけん先生”の手に持つ杯は、涙にぼやけるのだ。

   湯島天神下に小生の好きな居酒屋がある。名店と知られるその店の箸袋には「正一合の店 シンスケ」と名が記してある。余分な装飾が一切ない白い徳利に日本酒が正に一合、しっかり入っているが、これからこの店を訪れるたび、“ひゃっけん先生”と若い給仕のことを思い出すに違いない。

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