ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.71]

プロフィール
スウィフト/平井正穂訳「ガリバー旅行記」

岩波文庫 1980年10月 第1刷 

   ガリバーは日本も訪れている。
   リリパット王国では敵国のミニチュアのような艦船50隻をロープにひっかけてそっくり拿捕してしまう怪力ぶりを発揮し、続くブロブディンナグ国(巨人国)では宮廷で女王たちの寵愛を受ける、まさに“おとぎ噺”は誰でも知っているが、その後もガリバーの旅行は続く。飛ぶ島ラピュータ、バルビニービ、グラナダドリップなどを経て、日本には1709年5月に到着し、江戸で“皇帝陛下”に拝謁したとちゃんと書かれているのだ。
   日本の記述はわずか3ページほどで“冒険”などなにもないのだが、踏み絵のことはよく知っていて、これをまぬがれるために“皇帝陛下”に懇願している。“皇帝陛下”とはすなわち“将軍”、時に五代将軍綱吉が没し、家宣が六代となった頃だ。本書がイギリスで発表されたのは1720年代だが、わずか3ページとは言え架空の国々の中に日本をあえて取り上げているのは、なんだか愉快だ。
   しかし、全編通して読んでみると“おとぎ噺”は影を潜めて、社会・政治、そして人間そのものについての諷刺が強烈に現われてくる。日本を訪れるひとつ前のラグナグ国では不老不死の人間が住んでいることをガリバーは知る。不老不死は人類だれでも思う究極の夢とガリバーは最初憧れたが、実際に不老不死の人たちに会うと彼らの生きていく様々な苦痛や障害を眼のあたりにして、暗澹たる気持ちになるのだ。
   最後に訪れた「フウイヌム国」は、馬が支配する国であった。そこには家畜として飼われている醜悪な人類ヤフーが生息していることに衝撃を受け、悪意も妬みも腐敗も蔑みもまるでない高邁で美徳の精神の持ち主である馬たちの国こそ、ガリバーは理想の国と思うのだ。

   子供向けの「ガリバー旅行記」が、リリパットとブロブディンナグ(巨人国)のみであるのは、さもありなんと思う。しかし、特にリリパットがもし本当にあったらと思う気持ちは多くの人が持っているはずだ。リリパットの国では人、動物、植物、すべてのものが我々の12分の1のサイズなのだが、栃木県の鬼怒川温泉にある東武ワールドスクエアというアミューズメント施設では世界遺産をはじめとする建築物などの数々がすべて実物の25分の1で作られている。たかがミニチュア、子供だましと馬鹿にはできない精巧さで、十二分にガリバー気分を味わえる。今度行くときは“おとぎ噺”の世界を楽しみながら、ガリバーの“真の思い”を考えてみたい。

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