ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.72]

プロフィール
筒井康隆「俗物図鑑」

新潮文庫 1976年3月 第1刷  単行本 1972年12月

   実に、危険な小説だ。ヤバすぎる。エロすぎる。グロすぎる。下劣すぎる。そして面白すぎる。
   口八丁、手八丁の接待で会社人生を送ってきた男が会社を辞めて、評論家ばかりのプロダクションを設立した。自分はもちろん接待評論家、そこに加えて贈答評論家、宴会評論家はまだかわいい。盗聴、横領、口臭、放火、出刃亀、麻薬、・・・ここに書くのもはばかるようなおかしな肩書きの評論家センセイたちが数十人も集まった。名づけて「梁山泊プロダクション」。俗物と揶揄、嘲笑されながらも、テレビのワイドショーやニュース番組の解説やコメンテーターとしてひっぱりだこ。本を出せば、100万部のベストセラーを連発、マスコミの寵児にのし上がった。
   しかし、出る釘は打たれる。常識良識穏健な世間からの猛反発をくらい、梁山泊ビルに立て籠もった彼らと警察機動隊との壮絶だけど報復絶倒な攻防戦が始まった。ついには自衛隊も出動、さしもの梁山泊も陥落、その模様はかつて梁山泊の連中をもっとも重用してきたテレビが、全国に実況中継した。

   本書が世に出た1972年の2月には連合赤軍の「あさま山荘事件」があった。連日実況中継され、当時高校生だった小生もテレビの前に釘づけになった記憶がある。連合赤軍に嫌悪しながらこの「劇場型犯罪」を“見物”する視聴者は数多く、最高視聴率は80〜90%に達したのではなかったか。そして同じテレビで、その1〜2週間前には札幌オリンピックのスキージャンプで笠谷選手が金メダルを獲得したのを見て、喝采の拍手を送ったのも同じ視聴者だった。
   本書を読んでワハハ、ガハハ、イヒヒと笑いながら、ふと「俺も俗物?」との思いが芽生えてくる。それでも、ワハワハワハハ、ガハガハガハハ、イッヒッヒッヒと笑って読み進むが、その思いはしこりのように残ったままだ。本書は、本当に危険な小説だ。

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