ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.73]

プロフィール
井上靖「あすなろ物語」

新潮文庫 1957年11月第1刷  単行本 1954年4月

   あすなろ、とはヒノキ科の樹木で「あすはひのきになろう、あすは檜になろうと一生懸命考えてる木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって! それであすなろうというのよ」と井上靖はこの小説の中で、登場人物のひとりに説明させている。

   主人公鮎太は伊豆天城山麓の村で名家に生まれ「梶の坊ちゃん」と呼ばれながら、祖母とふたりきりで暮らしていた。向学心に燃え、県内の旧制中学に入学、開校以来の秀才と噂され、県下の中学生の選抜試験では一番となる。と、ここまでは鮎太は「檜になろう」としていた。県内で転向すると体操、武道がからきしダメで、そのため成績は二番どまり。一念発起して鉄棒に熱中し腕を上げるが、急に学業に興味がなくなる。北国の城下町の旧制高校に進み卒業、鮎太は無試験で入れる九州の大学に入ることにしたが、学友たちは「檜になろう」と東京、京都に進学、鮎太は思いを寄せていた女性から「貴方はあすなろでさえない。貴方は何にもなろうと思っていない」と指摘され、その通りであったと気がつく。
   対中戦争が激化し「檜になろう」としていた学友のひとりが戦死、鮎太にも召集令状が届いた。やっと何かになりたいと、鮎太は自分があすなろであることを強く思うのだった。
   やがて社会人となり、再度の召集、敗戦。廃墟となった大阪でたくましく生きる人たちの生活を目にしながら、鮎太の人生の彷徨はまだまだ続く。

   「少年老い易く学成り難し」という言葉がある。だから刻苦勉励しなければならないと言う。この小説は鮎太という男の成長譚であるが、そんな読み方は浅はかだ。人生の真実を知り、哀しみを背負って生きていく、新たな旅立ちの歌でもあると思うのだ。
   ところで「十で神童、十五で天才、二十歳すぎればただの人」という文句がある。友人知人を見回すと、そんなのがぞろぞろいる。神童とは言わないが、小生も天才秀才と呼ばれた時期がある。そして二十歳も遠く過ぎ、もちろん今や立派な?ただの人だ。これも人生の真実だが、人生の哀しみを知っているとは、いまだ言えない。それが哀しい。

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