ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.75]

プロフィール
J.D.サリンジャー/村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

白水社ペーパーバックエディション 2006年3月 第1刷 原著 1951年

   今年の1月、J.D.サリンジャーの訃報を耳にして頭に浮かんだのは、もちろん何十年も前に読んだ野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」だったが、同時にケビン・コスナーが主演した映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作である「シューレス・ジョー」(W.P.キンセラ/永井淳訳 文藝春秋 1985年)も思い出した。「君がそれを作れば、彼はやってくる」という天の声を聞いた主人公キンセラがとうもろこし畑をつぶし野球場を作ると、彼、シューレス・ジョー・ジャクソンがやってくる。1919年の大リーグ、ワールドシリーズで八百長をしたとして永久追放され、失意のうちに死んだ伝説の強打者だ。そして、次に「彼の苦痛をやわらげてやれ」という声を聞いたキンセラが思い浮かべた彼とは、なんと何十年も隠遁生活を送っていたJ.D.サリンジャーだった。映画では違う名前に変えられていたが、この原作ではサリンジャーが第二の主人公と言えるほどの活躍ぶりなのだ。ところで、この本の中で「ライ麦畑でつかまえて」についてキンセラとサリンジャーの次のような会話がある。
   「合衆国でもカナダでも『ライ麦畑・・・』は依然として有害図書扱いですよ。最近も二つの例が新聞に取り上げられていました」(キンセラ)「うれしくなるような話じゃないか」サリンジャーは目を輝かせながらいう。

   「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。アメリカ東部のプレップスクールを退学になった16歳のホールデン・コールフィールドが、クリスマス前の2日間ほどの行動を、友に告白する形で話はすすめられる。それまでにいくつかの学校を退学になり、その理由ともつかない理由を繰り返し語る一方、恩師の忠告に真摯に耳を傾けるのでもなく、ナイトクラブで深夜まで飲酒して泥酔、たちの悪い売春にひっかかる。と、確かにホールデンのその言動は『有害図書』を選考する連中にとっては、眉をひそめさせるものかもしれない。しかし、ホールデンの次の言葉にこそ、耳を傾けたい。
   「つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかいたら、どっからともなく現れて、(崖から落ちないように)その子をさっとキャッチするんだ。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ」
   ホールデンがなりたかったのは、本当にキャッチャー、それとも子ども、決めつけるのは野暮というものだろう。

   「シューレス・ジョー」では、サリンジャーがシューレス・ジョーや他の選手たちに誘われて一緒に野球場を出て、「とうもろこし畑」の中に消えていくところで、話は終わる。
サリンジャーの魂は「ライ麦畑」にも、また「とうもろこし畑」にも生き続ける。

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