ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.78]

プロフィール
伊集院 静 「受け月」

文春文庫 1995年6月 第1刷 単行本 1992年5月

   表題作の「受け月」ほか、「夕空晴れて」「切子皿」「冬の鐘」など、7作からなる短編小説集で、1992年上半期の直木賞受賞作。
   「夕空晴れて」。野球好きだった父親、悟に先立たれた茂は少年野球に夢中だが、試合に出たことがない。バットの後片付けをしたり、グラウンドの石ころを拾っている茂を見た母親は、監督の男に文句を言いに行くが、そこで男が悟の後輩であったことを知る。男はかつてノンプロからプロ野球を目指したが挫折した。そこで悟に「田舎へ帰ってまた野球をやろう」と誘われ、悟たちとの草野球で、野球の本当の楽しさを思い知る。後にガン手術をした悟を見舞った男は、悟から「俺の息子がもし野球をしたいと言いはじめたら、おまえが教えてやってくれ」と言われたことがあったのだ。「自分だけのために野球をしない」ことを悟から教わり、自らも体得した男は、近く茂もゲームに出られるようになったことを、母親に伝える。
   「切子皿」。母親の遺した土地を相続するために、かつて母と自分を捨てた父親に許諾の印を貰うために20年ぶりに会う息子。会いたくもない男だったが、母親の友人から父親はかつてノンプロ野球のスター選手だったことを知る。
   「冬の鐘」。20歳を過ぎて板前修業を始めた男が三十歳半ばにして鎌倉に小料理屋を開いた。夫婦ふたりで無我夢中でやってきて5年、生活にやっと余裕もできて妻も出産が間近い。そんな折、常連客の一人から草野球に誘われる。

   と、ここまで書けば、おわかりだろう。この短編小説集は、すべて野球が深く関わっている。それも華やかなプロ野球の世界ではなく、市井に生きる人間たちの哀しくて優しく愛おしい野球人情小説なのだ。
   ところで昨年の第2回WBC(ワールドベースボールクラシック)に日本が優勝したことを記念して、「サムライジャパン野球文学賞」が創設され、本城雅人の「ノーバディノウズ」(文藝春秋刊)が、先ごろ第1回の大賞を受賞した。韓国系アメリカ人で何年もアメリカメジャーリーグのホームラン王となっている男が実は日本人ではないのか、という疑いが浮上する。男の秘められた過去を暴く側と防ぐ側との激しい攻防が読みどころの、ハードタッチのミステリー小説だ。著者の本城雅人はスポーツ紙の新聞記者と言うが、野球に例えると、本作は期待の新人スラッガーが放ったホームランと言えるのに対し、「受け月」はベテランのいぶし銀のような技の数々だ。そしてこれこそ忘れてはならない日本の「野球文学」だ。

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