ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.80]

プロフィール
なかにし礼「長崎ぶらぶら節」

文春文庫 2002年10月 第1刷  単行本 1999年11月

   「心のこり」「北酒場」「石狩挽歌」「時には娼婦のように」など歌謡史に残るヒット曲の数々を作詞したなかにし礼の小説で、2000年の第122回直木賞受賞作。

   頃は大正、長崎丸山の売っ妓芸者愛八は長崎学の研究者古賀十二郎に誘われて、長崎の忘れ去られた古い歌を探し歩く。妻子ある古賀への募る恋慕をおさえながら愛八は三味線を弾いて節を覚え、古賀は詞をノートに記録する。そんな二人を揶揄する声もないわけではないが、それでも座敷歌、童歌、船頭歌、民謡など採取した歌は100を超え、深く隠されてきた切支丹の歌を探しに長崎湾に浮かぶ小さな島々も巡った。
   そして二人だけの一泊二日の採歌旅行で、明治の初め頃までは花街で歌われていた「長崎ぶらぶら節」に出会う。この歌に出会うまでにかかった古賀との夢のような3年は終わった。その後は自分と似たような境遇ながら肺を病む舞妓お雪の療養費のため忙しく座敷を勤めながら、愛八にはいつも傍らに歌があり、そして心には古賀十二郎が居た。
   愛八が脳溢血で急逝し、その葬儀の後の精進落としで、古賀が参列者たちにこう語る。
   「私は、長崎学で少しは仕事らしいことばしましたが、それもこれも今思えば、みんな愛八とめぐり会えたからですたい。私は愛八の情熱に打たれて、自分の学問に目覚めたとです。愛八は私の恩師でした。愛八は歌の天才でした。まっこと愛八は、愛八は・・・心のきれいか女でした」

      長崎名物紙鳶はた揚げ盆祭り
      秋はお諏訪のシャギリで
      氏子がぶうらぶうら
      ぶらりぶらりと
      いうたもんたいちゅう

   これが「長崎ぶらぶら節」の一番だが、実は小生、題名を知らずに以前からこの歌を聞いていた。六代目三遊亭圓生の落語CDに出囃子のかわりにこの歌が使われているのだが、その落語の演題は「長崎の赤飯こわめし」と言う。圓生と言う人は明治大正期に忘れ去られた噺を昭和の世にいくつも復活させて高座にかけたと聞くが、「長崎の赤飯こわめし」もそのひとつだ。愛八、古賀の仕事と通じるところがあって、しかも「長崎ぶらぶら節」だ。
   本書は作詞家なかにし礼ならではの「歌と恋と人生」の名作であるが、小生には思いがけない不思議な縁を感じた一作でもある。

過去の目ききな一冊をチェック