ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.81]

プロフィール
井上ひさし 「ブンとフン」

新潮文庫 1974年5月 第1刷  単行本 朝日ソノラマ 1970年1月

 井上ひさしが死んでしまった。悲しい。「手鎖心中」「吉里吉里人」「四千万歩の男」「東京セブンローズ」「青葉繁れる」などなど、一体何冊、井上ひさしの本を読んできたことか。「ナイン」とか「下駄の上の卵」とか、野球を題材にした小説も好きだった。
 しかし、始まりは井上ひさしが脚本を書いていたテレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」だ。まだ小学生だった小生だが、テレビを見ながら、そこで使われる言葉遊びの面白さに圧倒された。つまり、ダジャレ、語呂合わせ、もじりなどだが、例えば、登場人物の名前では魔女のマジョリカ、借金取りのシャッキンバードはまだ序の口、確か元大リーガーの選手というのが出てきて、その名がセンターバック・ランニングホーマーだったりする。落語からストーリーを拝借したり、名作のパロディ化もあった。ドン・ガバチョやトラヒゲのギャグにも笑わされた。そして、歌があらゆる場面で挿入される。ソロであったり、デュオであったり、合唱であったり、作・井上ひさし、音楽・宇野誠一郎のコンビはその後も井上戯曲に引き継がれている。

  さて「ブンとフン」だ。すでに放送作家として名をあげていた井上ひさしのこれが小説第一作という。
  売れない小説家フン先生が書いた小説の登場人物ブンが、小説の中から飛び出した。ブンは四次元を自在に行き来する大泥棒で、世界各地に奇怪かつユーモラスな事件が起きる。即ち、東大寺の大仏が消えたと思ったら鎌倉の大仏の隣に鎮座していたり、ベルリン動物園のシマウマのシマがなくなると同時に上野動物園のシマウマのシマはチェックになったり、ニューヨークの自由の女神像はたいまつの代わりにアイスクリームを持たされたり。国連では「大泥棒ブン対策委員会」が開かれ、議長はソヴィエトのイワン・イワンコッチャナイゼヴィチ・イクライッテモダメダネフスキイ。フン先生とブンがデュエットし、フン先生を軽蔑する上品なご婦人連中はザンショ言葉で合唱する。
  「ブンとフン」と「ひょっこりひょうたん島」は極めて似ている。同じ作家から生まれたのだから当たり前といえば当たり前かもしれないが、読み進むうちに「ひょうたん島」のことを思い出してニンマリしている自分に気づく。そして、井上ひさしがやはりこの世にはもういないことを思い出し、再び悲しくなる。ありがとう、さようなら、井上ひさし先生。

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