ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.89]

プロフィール
柳田国男「日本の昔話」

新潮文庫 1983年6月 第1 刷

   「遠野物語」をはじめとして膨大な著作を残したという民俗学の泰斗、柳田国男が昭和の初めに刊行したものが底本だが、「かちかち山」だの「桃太郎」「花咲爺」など世に知られた昔話はほとんど収録されていない。わずかに「わらしべ長者」や「笠地蔵」などがあるくらいで、今まで見聞きしたことのない1ページ、2ページに満たない話が大多数だ。『ここにのせた話が必ずしも昔話としていちばんすぐれた内容をもっているわけではなく、また、必ずしも日本の昔話を最もよく代表するものを集めたものではありません。』とあとがきで柳田国男も書いている。柳田が収集した『なるべくすなおな、整った形で語られているものをできるだけ広い地域から選ぶことに心がけ』た日本津々浦々の珍しい話が載っているのだが、なかには落語の原話のようなものもある。
   例えば、今の岩手県に伝わった「春の野路から」。貧乏な爺さんが野原にさしかかって休もうとしたところ、足元に骸骨が転がっていた。気の毒に思い、持っていた酒をその骸骨にかけて回向をしてやったところ、若い娘が後からあらわれて、実は自分は数年前に病のためにあの場で急死しそのまま誰にも見つけられずにいた者である、と告白し、礼を言う。これは落語「野ざらし」別名「骨釣りこつつり」の導入部によく似ている。
   青森県五所川原の「狐の恩返し」。豆を盗んで食べた狐を爺様が捕まえると、礼をするから許してくれと言う。すると馬に化けて長者の家に高く買われて行き、数日後には爺様の家に戻って来る。今度は茶釜に化けて、和尚に売り付ける。これは、狸がお札に化けたのちサイコロに化ける「狸賽たぬさい」、鯉に化ける「狸の鯉」と同工異曲だ。
   隣りへ鉄鎚かなづちを借りに行くと、鉄の釘を打つのか木の釘を打つのか聞くので鉄の釘と答えると木槌しかないから貸せないという。きっと鉄の釘を打つと鉄鎚が痛むから木槌しかないと嘘を言って断ったのだろう、なんとケチな隣人だと悪態をつきながら、性がないから自分の家の鉄鎚を使おうと言う「物おしみ」。落語にはケチな人の小咄を集めた「しわいや」というのがあって、この話などはまさにその一つだ。

   よくできた話もあれば、そうでないのもある。他愛のない話も少なくない。それでも読んでいると、海山野原にさまざまな生き物、物の怪が住みつき、そして人もその世に生きていた、いわば日本の原風景を見るようで、心があたたかくなる一冊だ。

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