ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.90]

プロフィール
瀬戸内晴美「蜜と毒」

講談社文庫 1987年1月 第1刷  単行本 1975年12月

   流行作家瀬戸内晴美が中尊寺で剃髪、得度、今東光大僧正から授けられた法名寂聴となったのは、1973年11月のこと。その年の5月から12月、週刊現代に連載された小説が本書で、出家直前まで執筆していたということになる。カバー裏には「蜜でもあり毒でもある性愛を、繰り返して倦まない男女の面白さと、大胆な情事の果ての傷心を華麗につづる、恋の長編小説」とあるが、いやはや、出てくる登場人物は男も、女も、ことあるたびにやりまくっていて(失礼!)、その表現も結構、エロい。
   主人公の阪田には妻がいるが、出張と称して京都で愛人の奈美と快楽に耽る。その奈美も京都の老舗和菓子屋の若社長松崎と逢瀬を重ねる。松崎は従業員の女に手をつけ妊娠させるが、妻も日本画家と不倫関係にある。秘書に弱みを握られ金を脅迫された松崎は、愛人のバーのマダムのアパートで急死する。阪田に愛人がいると知った妻は、街で偶然出会った学生時代のボーイフレンドに体をまかせてしまう。阪田は家を出るが、奈美との関係も終焉を迎える。

   「蜜と毒」では、誰も幸せにならない。瀬戸内晴美は出家後も作家活動は続けて、瀬戸内寂聴の名で今も活躍しておられる。「寂聴古寺巡礼」(新潮文庫)は京都奈良の古刹を案内していて、前に紹介した、いとうせいこう・みうらじゅんの見仏記とともに、小生の寺巡り、仏様見学のバイブルだが、出家直前に書かれた、愛欲まみれの「蜜と毒」とのギャップの大きさに驚く。
   人生のむなしさを感じて出家したと、なにかの本で寂聴先生は書かれておられた。修業し、学ぶうちに、人間の悩み苦しみの元は、愛であることを改めて思い知る。仏教では愛は二つに分けて考えられ、一つは慈悲、もうひとつは渇愛。慈悲とは仏さまの愛で、渇愛とは男女のセックスを伴った愛、際限なくお互いに求めあう愛であるという。だから人間は悩み苦しみ嫉妬する。
   瀬戸内晴美は渇愛の際限のない世界を描き続けた末に、寂聴先生は仏様の慈悲を願うのであろうか。

過去の目ききな一冊をチェック