ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.91]

プロフィール
池辺良「心残りは・・・」

文春文庫 2004年2月 第1刷  単行本 2001年1月

   前に、小林信彦の「唐獅子株式会社」を紹介したときにこう書き出した。
    唐獅子と言えば、「背中(せな)で泣いてる唐獅子牡丹」、ヤクザ映画「昭和残侠伝」シリーズ
   の高倉健だ。昭和40年代から50年代にかけてはヤクザ映画が全盛で、小生のお気に入りは、
   俳優なら高倉健をいつも陰で支える兄貴分役、池辺良。

   その池辺良がこの10月、92歳で永眠した。本書は、永遠の二枚目スターと言われ、また名エッセイストとしても知られる池辺良自身の生い立ちから、映画界入りの顛末、そして数多くの名監督、女優、男優との出会い・交流、映画の舞台裏をユーモラスに綴ったエッセーだ。

   池辺良は、東京は品川大森生まれで、従兄弟には「芸術は爆発だ!」の岡本太郎がいる。立教ボーイとなり英文学を専攻するが、「とにかく照れ屋で、筋が通らないと、テコでも動かないというところがあったけれど、感情と論理に矛盾を見せていたから、あるいは、本物の江戸っ子だったかもしれない」という神田生まれ下谷育ちの父親に似た気質は、池辺自身にもあるようだ。池辺は映画監督を目指し東宝映画演出部に入社すると、当時名匠として知られた島津保次郎監督から映画の一役で出演してほしいと頼まれるが「俳優、やりません」と断ってしまう。島津監督の説得、甘言にたぶらかされて(?)映画に出演したが、その後俳優になったのは、まさに感情と論理の矛盾の結果だろう。
   徴兵されて幹部候補生から士官になって中国各地から南方へ転戦、ジャングルの島で椰子の実、蛙、とかげ、みみず、雑草を食べ、かろうじて命をつなぐ。敗戦で帰国、映画界に復帰、「暁の脱走」「青い山脈」などで池辺良は押しも押されぬ青春スターに成長するが、この間、共演した高峰秀子、山口淑子、三船敏郎など綺羅星のような大スターたちの素顔が垣間見えて面白い。
   巻末近く、「昭和残侠伝」にも少し触れている。当時、大学紛争最盛期、全共闘世代に圧倒的な支持を受けた映画と言われるが、もちろん”その筋”にも人気だったらしく、銀座でウィンドウショッピングをしていたら、偶然出会った黒づくめのそれらしき人たちから深々としたお辞儀を受けたとのこと。自家用車を路上駐車していたら、見知らぬ若い男がドアやバンパー、ボンネットなどを蹴りまくっている。関わり合って怪我でもしたらつまらないとしばらく見ていたが意を決して「やめてくれ」と怒鳴ったら、相手はじっと池辺を見つめたあげく、謝った。「げっ、兄貴、ですか。すんません。おやじには黙ってて下さい。修理代、俺が持つから」。

   今年は、サリンジャーに始まって、井上ひさし、つかこうへいと、かつてファンだった作家たちがつぎつぎとこの世を去って行った。そして、池辺良までも・・・。

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