ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.92]

プロフィール
矢野誠一「落語長屋の四季の味」

文春文庫 2002年9月第1刷  単行本 1992年6月『落語食譜』(青蛙房)を改題

   「まんじゅうこわい」や「目黒のさんま」「時そば」など、食べ物を題材にしている落語は数多い。これから師走にかかるこの時期、寄席でよくかかる落語は「うどん屋」「味噌蔵」、最近では立川志の輔も得意にしている「しじみ売り」も冬にこそ聴きたい噺だ。
   演題に食べ物の名前がなくても、いたるところに様々な食べ物が落語には出てくる。「らくだ」という噺は、町内の嫌われ者その名もらくだという大男が、ふぐを食って、毒にあたって死んだところから話が始まる。「二番煎じ」では、火の用心の夜回りをして番小屋に戻った町内の旦那衆が猪鍋と燗酒で冷え切った体を温めている。
   本書は、72もの落語をあげてそれぞれの落語を軽く紹介しながら、そこに登場する食べ物の蘊蓄を、春夏秋冬、歳時記風につづったエッセイだ。
   「千早振る」という噺がある。百人一首の「千早振る神代もきかず龍田川からくれないに水くぐるとは」の意味を子供に聞かれて困った親父、横町の隠居に教えを請うが、その答えが珍妙だ。長くなるのであらすじは割愛するが、千早、神代は女郎の名前、龍田川は相撲の力士、「からくれない」は「おからをくれない」の意だと言う。「水くぐる」は「井戸に飛び込んだ」のだ。「おから」は、「キラズ」「卯の花」とも言う。矢野はひとしきり「おから」のあれやこれやをつづったあとに、こんなエピソードで締めくくっている。ラジオで「千早振る」を演じた先代の柳家小さんの元に女子高校生から手紙が来た。「教室で先生に教わった歌の意味と違います」。
   おからと言えば、豆腐、そしてがんもどきも落語では常連の食べ物だ。豆腐は「酢豆腐」、がんもどきは「寝床」という噺にかけて矢野は紹介しているが、小生は本書では紹介されなかった「甲府い」を上げたい。甲州から出てきて豆腐屋で働く伝吉、毎朝早く起きて豆腐を作り、「豆腐い、ゴマいり、がんもどき」の売り声で一日も休まず町内を売り歩く。豆腐屋の一人娘をもらい、晴れて故郷にある身延山へ大願成就の礼に行く。長屋の人が「今日はどちらへお出かけ」と尋ねると、いつもの売り声の調子で「こうふい、おまいり、がんほどき」。

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